イタリア旅行記2015(シチリア旅行記)

3/16バゲリーア旅行記 雨振りオバケに私の傘を

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フフフ…。今日の午後は、今回のシチリア旅行で、密かに楽しみにしていた一つ(いや、別に密かにじゃなくて堂々と楽しみにすればよいのだが)、バゲリーアの、ヴィッラ・パラゴニア(パラゴニア邸)に行くよっ!

ヴィッラ・パラゴニアは、シチリアを訪れた文豪ゲーテを、憤慨させた観光地である。まあ、ゲーテがヴィッラ・パラゴニアの何にプンプンしたかは、後で書くとしよう。

バゲリーアにあるヴィッラ・パラゴニア。パレルモからバスで行く方法もあるらしいのだが、パレルモからバゲリーア駅まで電車で10分、バゲリーア駅から歩いて15分くらいの位置にある。バスより電車の方がわかりやすいという意見が、ネットでも多かったので、電車で行くことにした。

電車で10分って、この手軽さよ!シチリアの電車ライフは、なかなか不便なのだが、パレルモ-バゲリーア間の電車は、一駅ということもあって、便数も多い。そんなわけで、余裕しゃくしゃくで駅まで行ったわけだが、車両は学校帰りか何かの学生さんたちで、激混みであった。

まあ、混んでる電車なんて、東京暮らしの我々にとって、屁でもない障害物なわけだが(まあ、はしたない言葉遣い!)、スリには気を付けるようにした。あと、こんなに混んでるのに、どうして、一両、閉じたままでお客さんを載せない車両があるのかわからなかった。世の中、とりわけイタリアで、物事に全て意味があると思ってはならないのである。

パレルモからバゲリーアは、本当に10分程度で、あっという間であった。バゲリーア駅を出ると、雨が強い。本降りだよ。風まで吹いて、嵐だよ。まあ、いいさ。今から我々は化け物屋敷に行くのだ。天気くらい悪くなるのがふさわしいってものさ(強がり)!

駅からは、グーグルマップを印刷してきた地図を見ながら歩こうと思ったのだが、雨の中、間違った方向に歩き出すのも大変だ。ジモティ(地元民のことをオシャレにこう呼ぶそうですね。クレアトラベラーで知ったよ)の女の子がいたので、道を教えてもらった。とりあえず、駅の、すぐ正面に伸びている道を行けばよいらしい。

その道をまっすぐ行くと、すぐに車の通る通りに突き当たった。ここで右に曲がって、Butera通りという通りまでまっすぐ歩き、あとはそのButera通りを行けば、ヴィッラ・パラゴニアに着きそうなのだが…。しかし、道端に投げ散らかされ、もはや、誰もその責任の所在がわからなくなっているゴミが、何となく集まっている場所があった…。

シチリアで、一番、イタリア半島と違うと感じたのが、ゴミの管理が行き届いていないことである。イタリア半島は、北部の町であってもそりゃ、ゴミは結構落ちているものだが、シチリアみたいに、明らかな粗大ごみ、家庭ごみが、収集されずに投棄されてるってことはない。

人間の文明社会って、「人が日常で見たくないものを見ないで済ませる社会」という性格があると思う。「見たくないもの」というのは、生々しいもの…例えば、日常食べている肉などが、パッキングされるまでの過程とか…が多いと思うのだが、そこにはゴミも含まれるんだなー、と思った。

ゴミが、平然と、表現はおかしいけど白昼堂々とのさばっている場所では、何だか、「あ、ここは危険な場所なんだ」と、文明人の中で危険信号が灯ってしまう。そんなわけで、何となーく警戒しながら、雨の中のバゲリーアを歩いた。

Butera通りの途中には、何か映画に出てくるらしい建物があるのだが、映画全然わからない我々は、雨も降ってることだし、黙々とヴィッラ・パラゴニアを目指した。あー、本当に、今年のシチリア旅行は雨が多いなあ。ゲーテは、シチリアの天気を褒めちぎっていたけど、天気と言うものは、本当に気まぐれなものなのだ。

Butera通りをずーっと真っ直ぐ歩くと、この門が、唐突に現れる。

バゲーリア

この門をくぐると、通りの名前は、ヴィッラ・パラゴニアから取られた「パラゴニア通り」となる。姉が後で気づいてくれたのだが、ゲーテがイタリア紀行 中 (岩波文庫 赤 406-0)の、パラゴニア邸を訪れた記述の中で、所有地の境界の所で、四人の巨人が飾縁を支え…うんぬん…と書いているのと、この門を支えている四人の巨人は何か関係があるのだろうか。ゲーテの記述では、そこに八角堂もあったと書いてあるので、そのままは当てはまらないのだが。

バゲーリア

しかし、この巨人の、この何とも言えない、何にも考えていなさそうな表情…。このあたりから、ヴィッラ・パラゴニアの世界が始まっているぞ…。

バゲリーアでは、おそらく唯一の観光地であるヴィッラ・パラゴニア。パラゴニア通りには、「犬のフンを捨てないでください」と貼り紙があったが、貼り紙は無視されていた(つまり、ソレがあった)。このパラゴニア通りの突き当りに、でーんとヴィッラ・パラゴニアは待ち構えている。

バゲーリア

待ち構えているのは、鉄柵越しの、この建物!いやー、なかなか美しいお屋敷じゃありませんこと。このお屋敷の何に、ゲーテはそんなに憤慨したんでしょうねえ?(答えはこれから)。この、通りから突き当たる面は、鉄柵が閉ざされていて、一見ヴィッラ・パラゴニアは閉まっているように見える。

だが、入り口は、ぐるっと回った反対側だと情報があったので、慌てないヨ。そのまま道なりにぐるーっと回った。お屋敷の周りをぐるっと回るのではなく、他の道も通るので、最初はとまどったが、とにかく、道なりにぐるっと回ればOKである。

すると、ヴィッラ・パラゴニアの入り口にたどり着く。

バゲーリア

じゃーん。

バゲーリア

あっはっはっは!最初からコレだよ!こりゃあ、ゲーテみたいな、真面目な文豪は怒るよ!何、この、訪問者を舐めくさったような入り口!何こいつ。何やってんの。いやー、これ、ウケ狙いだよね?しかし、ウケ狙いで、自分の邸宅を、そこそこ地位の高い人が作るものなのか。

現在では個人所有だというヴィッラ・パラゴニア。右手の方がチケット売り場になっていて、ヒマそうな男性が、テレビを見ていた。屋敷を作ったパラゴニア親王の子孫なのかなあ。もっと私がイタリア語がペラペラで、人懐こかったら、あの入り口の変なヤツどう思う?と聞いてみたいところだよ。

雨が強かったので、まずは、邸宅の中を見学しながら、雨が止むのを待つことにした。

バゲーリア

そしたらさ。今度は、邸宅前入り口のところにコイツだよ。うーむ。私は、こういうの好きだけどさ、ゲーテは確かにダメかもね。だってゲーテだよ。若きウェルテルの悩みだよ。コイツ、何も悩みなんかないもん。ていうか、何も考えてない。

バゲーリア

邸宅の中には、こういうエレガントな「鏡の間」と呼ばれるサロンもある。どこが鏡かと見渡してみると、天井が古ーい鏡であった。ひびが入っていて、落ちてきそうで怖い。

ヴィッラ・パラゴニアで、ゲーテが「馬鹿馬鹿しい」とか「無軌道」と呼んだものは、庭に多く残っている。だが、雨も風も強かったので、少し風雨がおさまるまで、この鏡の間で、ぼんやりとすごした。姉は、私が持参した、ゲーテのイタリア紀行 中 (岩波文庫 赤 406-0)の、バゲーリア訪問の部分のコピーを読んでいた。

鏡の間で雨宿りをしている間に、一組だけ観光客がやってきて、鏡の間をさらっと見て、お庭をぐるっと回って、帰って行った。こうやって、観光地でぼーっと時間を過ごすのって私は好きなのだが、切符売り場の男性に「あの日本人たち、なかなか出てこないな。長すぎる。アヤシイ」と思われていないだろうか。イヤ、思われてないな。我々のことなんか忘れてるかもしれない。

さて。雨はやみはしなかったが、小降りになってきたので、外に出ることにした。

バゲーリア

庭をぐるっと取り囲んでいる塀の上に、こんなふうに、像がずらーっと並んでいる。これがおそらく、ゲーテに「平凡な石膏の手になった不細工な彫刻の厭わしさ」を、「なんら考慮を費やして成ったものでもなければ、奔放な感情からでたものでもなく、ただ雑然と取り集めに過ぎない」と言わせた像たちの一部であろう。

背後には、住宅が迫り、楽隊たちは雨のせいもあって、妙な哀愁を漂わせている。雨の日に屋外観光をするのは、傘があって厭わしいのだが、それでも、このヴィッラ・パラゴニアの像たちには、雨が似合っていると思った。この哀愁たっぷりの楽隊たちだけであれば、「ゲーテもそんなに怒らなくても」と思うだろう。

しかし、ヴィッラ・パラゴニアの真骨頂はここからである。

バゲーリア

背骨が浮き出たドラゴン。まあ、こいつは、「ああモンスターだな」くらいで済む。

バゲーリア

目がイッちゃってる感じのドラゴンと、それに捕まっている…馬?何コレ。意味不明。

バゲーリア

この「あー腰痛え」とでも言ってそうな小人…。…何だろうね。何のために作ったんだろ。ギャグだよね?ギャグ。

バゲーリア

えーと。これは何ですか?人?ドラゴン?人面龍?…うん、きっと何か深い意味が…無いんだよ!

バゲーリア

これとか、意味不明な上に、あちら側から、こっちに顔を向けて、にへらーっと笑っている顔が恐いんですけど。

バゲーリア

しかし、小人が好きだね、小人が。ゲーテも、このパラゴニア邸に小人像が多いことを指摘して、「この侏儒というやつは、いつも精神の抜けた滑稽を表すのに重大な役を演じるやつなのだ」と書いている。

バゲーリア

私はこいつらが一番気に入ったよ!何か仲良くボゲーっとしていて、いいね!いいね、この奥が深くない感が!

ゲーテは、「別に何の意味も理解もなくできたものが、何の選択も目的もなく並べてあるさまを想像して見給え」と、この怪物だか何だかわからない像たちに、かなりご立腹であった。そんなに怒らなくても、とも思うが、真面目に生きている人が、不真面目なものが、本当に理解できなくて不愉快に感じるのは、仕方ないのかもしれない。

でも、私は、こういう無目的で無意味なものって好きだよ~。少なくとも、私の人生には、ヴィッラ・パラゴニア的なものが必要だ。下らなくて、意味のないもの。何で必要なのかあ~と考えてみたら、もしかして、私の人生そのものが、ヴィッラ・パラゴニア的なのかもしれん。「別に何の意味も理解もなくできたものが、何の選択も目的もなく並べてあるさま…」…うーむ。ひ、否定はできないな…。

バゲーリア

こちらは、裏門(駅側の門)で、内側を向いている像。もはや、こいつが何者なのかは誰にもわかるまい。雨の中、傘をさしてこいつと向き合っていると、となりのトトロで、さつきがトトロに傘を貸してあげるシーンを思い出した。人間が、フィクションとしてのモンスターをいろいろ妄想するのは、未知のものに対する抑えがたい好奇心のためなのかもしれないな。そして、未知のものに脅える気持ちと並行して、その未知のものと関わりたい、という気持ちも存在するのだろう。

そんなわけで、ゲーテが「精神病院のような家」と評したヴィッラ・パラゴニアは、非常に面白かった。予想以上だった。ゲーテがイタリア紀行 中 (岩波文庫 赤 406-0)の中で、味噌くそに書いたおかげで、ヴィッラ・パラゴニアは、現代では、かえってそれを読んだ人の気を惹いている。ゲーテの意図とはうらはらに、炎上商法に近い形になってしまっている。いずれにせよ、こんなおもしろい化け物屋敷に行くきっかけを作ってくれたゲーテに感謝である。

雨の中、駅までぽちぽちと戻った。バゲリーア駅に着くと、パレルモに帰る電車は、20分遅れとなっていた。そこで、駅から右手の方へ歩いた突き当りにバールがあったので、カフェを飲んで一服した。

バールのおじいさんは、バゲリーアには日本人観光客が少ないのか、我々が入って行くと、ビックリした顔をしていた。イタリアでは、観光地でない町でバールに入ると、あまりよそ者を歓迎してないのかな?という空気を感じることが、本当にたまにだけどある。

このバールでも、最初、そう感じたのだが、単に、不慣れな東洋人の観光客に驚いていただけで、バールを出るときは、温かい笑顔で送り出してくれた。シチリアの人々は、イタリア本土の人々とは、全体としての気質が違う、と何度も感じた。特に、陽気な南イタリアの人々とはずいぶん違う。おとなしい人たちが多いのだ。

そこに住む人々を、ひとくくりにして語るやり方は、偏見などを助長する恐れがあるので気を付けなければならない、と思ってはいるが、国民性や、地域性といった、人間の気質は、確かに存在する、と思う。そういう人間気質に影響を及ぼす、個々の社会の空気というものは、長い時間をかけて、複雑に醸成されていくのだろう。シチリア人が「なぜ」、イタリア本土の人々よりおとなしいのか、という問いに、おそらく正答は出せないと思う。

バゲーリア

そんなわけで、バゲリーアのヴィッラ・パラゴニア遠足は、大変に面白かったですっ!パレルモから、バゲリーアに行こうかどうか迷っている方に、私は「行くべし!」と言いたい。あのモンスターどもが、アナタをお待ちしておりますよ☆

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