イタリア旅行記2014

3/10ウルビーノからペルージャへ まだ見ぬ貴方に思いは募る

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本日は、ウルビーノからコルトーナに移動する日である。

ウルビーノとコルトーナは、直線距離で見ると、それ程遠くはない。だが、どちらの町も、山の中にあるため、中心街の近くに鉄道駅がない。また、何度かこの旅行記で書いているが、ウルビーノは、アドリア海のペーザロ以外の大きめの町とは、バスもほとんどつながっていない。サン・マリノやペルージャと、一応バスはつながっているが、一日に一本という有様なのである。

では、どうやってコルトーナに行くか。もちろん、ウルビーノから、太っ腹に、タクシーを使うという手もある。昨日、サン・マリノまで行くのに使ったタクシーの運転手さんは、我々がウルビーノの後にコルトーナに移動すると行くと、「オレのタクシーで行きなよ!」と立候補していた。そりゃそうだ。もし我々をコルトーナまで送って行けば、その日の収入はそれだけで十分であろう。おそらく、150~200ユーロくらいかかるのではないか。

しかし、私がイタリア旅行でタクシーを使うのは、本当にそれしか選択肢がないか、タクシーを使うことのメリットが他の手段を大きく引き離しているか、いずれかの場合のみである。びんぼーだからでもあるが、何となく、鉄道やバスに乗る方が楽しいのだ。

というわけで、コルトーナには、ウルビーノから一日一本しかいないバスを使ってペルージャ旧市街に移動、ペルージャ旧市街からペルージャ駅に移動、ペルージャ駅からカムーチャ駅に鉄道移動、カムーチャ駅からコルトーナまでバス、で行くことになった。楽しいね!ああ、楽しいね!(強がりじゃないよ)

今回の旅行は、最初の成田→アテネ深夜着→翌朝早朝飛行機でサントリーニ島という移動といい(サントリーニ島行きの飛行機はよく強風で運休する)、アテネからパトラ港までのやけに難易度の高い移動といい、結構不安な移動が多く、何とかここまで無事にクリアしてきたが、最後にこの、レヴェルの高い移動が待っている。2014年の旅行・移動編のクライマックスである(何それ)。

一日一本という、まさに一球入魂的な精神でやってくる(ちょっと違う)「RUOCCO社」のバスは、ウルビーノ11時15分発である(2014年3月時点。今は時刻表が変わったようです→RUOCCO社のサイト)。そのバスの時間まで、おみやげなどを購入して過ごすことにした。

今日も、B&B近くのバールで朝食を食べていると、前方の方のスキンヘッドのおじさんが、何か信じられないものでも見るような目で、我々を凝視していた。漫画の一コマだったら、確実に彼の後ろに稲妻が走っていた。えー、何だろう。初めて東洋人でも見たのかな。ウルビーノって、東洋系の学生もたくさん見かけたけど…。

彼は、バールのオーナーに何か確認した後(おそらく、我々が日本人かどうかを確かめたのだと思う)、オゴソカに我々のテーブルに近寄ってきた。そして、丁寧なイタリア語で話し始めた。

「あのー、私は、ウルビーノの隣町で陶芸家をしています(この時点では、陶器を売りたいのかと思った)。…実は、今、日本人女性と付き合い始めたばかりなのです。それで、あなた達がこのお店に入ってきたので、つい気になって、話しかけてしまったのです」。

…ソレダケ?

い、いや、ソレダケでもいいんだよ、国際交流ってスバラシイよね!「結婚を考えてらっしゃるんですか?」と聞くと、「いやー、まだ出会って2か月なんです」とか言う。…本当に付き合ってるのかね?ソレ片思いだったりしないのかね?…まあ、そんなこと突っ込んで聞いたりしないよ。ぜひ日本語を覚えてください、それといつか日本に来てくださいね、とか話してお別れした。

バールから出ると、青空にラファエロ像が、気もちよさそーに佇んでいる。

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そういえば、ラファエロ通り(というか坂)の頂点にいる、このラファエロ像の撮影をしていなかったなー、というわけでパチリ。
ラファエロってアレですね、現代日本女性に好かれそうな、中性美形ですね。30代という若さで夭折しているから、ムサイおじさんになってからの姿が、そもそも存在しないというのもあるが、ルネサンス期の画家さんたちの自画像などを比べてみると、ラファエロの一人勝ちである(それアンタ前も言ってたよ)。でも私はボッティチェリの方が好き(容姿じゃなくて絵がでしょ!)。

このラファエロ像から少し下ったところに、額縁職人さんの工房があり、のぞいてみると、非常にエレガンスでかわいらしい手作りの写真立てなどがあったので、ここで、自分たち用や、お土産用の写真立てを購入した。職人さんが、丁寧にラッピングして、日本まで持って帰るというと、プチプチに包んでくれた。

それにしても、この額縁工房では、アート系の学生さんたちが、自分たちの作品を飾るのに額縁を購入するのだろうか。あと、普通にアーチストさんとか、家に絵を飾りたい人達が買うのかなあ。額縁はあくまで額縁であって、主役はもちろんその中にある絵なのだが、額縁で絵の雰囲気が結構変わるのは、フィレンツェのパラティーナ美術館など、額縁がかわいらしい美術館に行くと実感できる。

母は、ここで購入した額縁に、ラファエロの自画像を入れたいと言った。なかなか粋だね!そこで、ラファエロの家に行って、適当な大きさのラファエロ自画像のポストカードを探した。ラファエロの家は、入場しなくても、売店だけ入ることができた。

そんなこんなしているうちに、バスの時間が近づいてきた。何しろ一発勝負のバスなので、乗り過ごすわけにはいけないので、ちょっと早めに荷物を持ってB&Bを出た。

スーツケースを転がしながら坂を下っていると、レプッブリカ広場あたりで、昨日サン・マリノまで送ってくれたタクシー運転手さんが、「チャオー!今からコルトーナかい?」と声をかけてきた。おー!また会えただね!

「今の時間に出発ってことは、RUOCCO社のバスだね。あそこの広場(メルカターレ広場を指さして)に、11時15分に来るよ!」と、我々が知っている情報を教えてくれる、運転手っ!でも、親切にありがとね!それにしても、ヒマそうだね!手を振って別れたが、旅先で町を発つ時に、誰かに見送ってもらうってのは、なかなか嬉しい。

メルカターレ広場まで行くと、今度は、昨日、タクシー乗り場で声をかけてきたおじいさんが、「チャオー!昨日サン・マリノはどうだった?天気はよかった?」などと話しかけてきた。「楽しかったですー。天気も良かったですー」と答えたが、後から考えると、どうしてこのおじいさんが、昨日、我々がサン・マリノに行ったことを知っているのか…?さては、あの運転手が、「昨日は日本人をサン・マリノまで乗せていったんだぜー!」とか、ウルビーノ中に言いふらしたんだな…。

そして、一発勝負のバスは、なんと、11時15分より10分も早く、メルカターレ広場にやってきた。

ウルビーノ

RUOCCO社、無事にキター!

バスの上の方に、「NAPOLI」とか「VENEZIA」とか、このバスが停まる町の名前が書いてあるのがわかると思うが、ここに「ASSISI」も書いてあるよ。この「ASSISI」という文字が、ただの飾りに過ぎないことを、私は知っている、このバスが、HPではアッシジに停まると書いていたくせに、実際は行かないことが判明した顛末については、数日前の旅行記をドウゾ→ 3/7ウルビーノ1 緑の中の写真合成疑惑

このバスは、一日一本、北イタリアのフォルリから、南イタリアのサプリまで、何と13時間近くかけて、イタリア半島を縦断する、結構な長距離バスである。ちなみに、逆方向に走る便も、一日一本である。このような超長距離バスなのに、日本のバスと違って、車内にトイレは無い。そのため、各町に停車する際に、やや長めに泊まって、運転手さんや乗客がトイレ休憩を取るようだ。出発時刻より早めにウルビーノに到着したのは、そのためらしい。

バスの前で待っているうちに、運転手さんとスタッフさんらしき人が来たため、「3人で予約していた者です」と話しかけると、予約はきちんと取れていたようだ。万が一のためにも、念のため「アッシジには行かないですよね?」と聞くと、やはりアッシジには停まらないとのこと。ペルージャよりアッシジの方が、鉄道駅近くにバス停留所があるため楽だったのだが、やはりペルージャで乗り換えるしかなさそうだ。

お金は乗る前に払うのかと思ったが、バスが出発してから、スタッフさんが集金に来た。かなりの長丁場ということもあり、運転手さんの他に、もう一人スタッフさんが乗り込んでいるらしい。このスタッフさんに、直接お金を払って、領収書をもらって終了。領収書には、我々の苗字が一つ書いてあり、その脇に×3と書かれていたのが可笑しくて、つい声を出して笑ってしまった。日本では、たとえば佐藤×3とか、お客さんに対して絶対言わない。

イタリアを、一日一本、13時間かけて縦断するこのバス。わずか一日一本の運行で、使い勝手がよいのか悪いのか微妙だし、誰が使うんだろーと思っていたが、バス内は結構満席に近かった。需要がきちんとあるのね!我々の後ろのオヤジが、大声で事務用事っぽい電話をしていて、どこかの住所を相手に伝えていて、バス内に大声で誰かの住所が響き渡っていた。個人情報保護って何のことやら。

バスは、道路がそれほど混雑するわけでもなく、スイスイと走って行く。ペルージャまでの所要時間は2時間を予定している。私は、電車よりバスが苦手だ。1時間以上かかるバスに乗るのは、気がひける。よく旅行記で書いていることだけど、バス酔いとトイレが不安なのだ(イタリアの電車にはトイレついてる)。

私と同じような不安を密かに抱えた女性は、意外と多いと思うのだが、ワタクシ、この困難に立ち向かう技を覚えましたのよ!

1.汗をかかない程度に体を温める。車内のクーラーは、ピンポイントで消せるものなら消す(座席ごとに通風孔を閉じられるタイプの空調ってありますよね?)
2.体を締め付けたり、重い荷物を膝に載せたりしない。マフラーは外す。ショルダーバックも肩から外す。
3.イヤホンで音楽を聴く。なるべく聞き入るタイプ。アルバム2個くらい聴けば、2時間あっと言う間に過ぎるよ!

いやー、2014年の旅行で、最も得たものは、バス旅行への耐性だよ!これなら2~3時間のバスならコワくなくなったよ!

しかし、イタリア人は、そのような長距離バスは、初めからコワくも何ともないらしく、我々はあっという間に着いたペルージャで下車したが、我々以外は誰も降りなかった。…どういうことかと言うと、ウルビーノで乗車したのは我々だけだったので、我々は、現在の乗客の中で、最後に乗車したくせに、最初に下車した…つまり、皆さん、もっともっと長時間の区間、このバスに乗っているわけですよ!…いや、すごいね。何がすごいのかよくわからないけどすごいね。

で、ペルージャでは、旧市街近くのパルティジャーニ広場に到着した。…私は、コノママ荷物ヲモッテぺるーじゃノ旧市街ノ中二走リコミタイヨ…。ペルージャは、私が長年、滞在したいと恋い慕っている町なのである。だが、なぜかペルージャは、母や姉などの同行者の興味を惹かず、常に、悲しみの眼差しで見送っている町なのである。もうコレは一人で行くしかあるまいね。いつか一人旅できる力が私についたら、必ず行くから、ペルージャっ………!(ここ、泣く場面です)

というわけで、(私ひとりだけ)涙を噛み締めながら、ペルージャの旧市街に背を向け、ペルージャ駅まで向かうことにした。ペルージャの旧市街と鉄道駅は、歩けないくらいの距離離れている。本当は、卵みたいなミニメトロに乗って駅まで行きたかったのだけど、コルトーナの最寄駅・カムーチャ駅までの電車も、一本乗り過ごすと2時間ほど待たなければならなくなるので、たーくしーを使うことにした。うーん、今年の旅行はたーくしー率が高い。つまり負け。

タクシーは、パルティジャー二広場を出てすぐの所に乗り場があり、鉄道駅までは15ユーロで、10~15分程度であった。ああ、ペルージャ。こんなに近くにあなたはいたのに、私たちはまた会えなかったのね…。こうして、私のペルージャへの恋慕は、ムダに高まって行くのである。

ペルージャ

こちらペルージャ駅。…ペルージャ駅は、ウンブリア州の州都の駅のくせに、予想外に小さくて活気がない。ちなみに私が恋しているのは、ペルージャの鉄道駅ではなくて、ペルージャの旧市街ですからね。トイレもなぜか鍵がしまっていて使えなかった。もう一度言いますが、私が恋しているのは…(もういいって)。

ペルージャ

ホームの先の方に、卵みたいなミニメトロが、何度も何度も往復しているのが見えている。ああ、あの卵に乗りたあああいっ!!!母と姉は、「別にあんなのに乗らなくてもねえ…」と冷めていた。いいさ、いいさ、私だけの卵だよ。いつかきっと出会う僕らだよ(ラピュタの歌のパクリ)。ちなみに、この卵、めっちゃ動きが俊敏で、カメラを向けて、ピントを合わせているうちにピューッと行ってしまうので、撮影するのに苦労した。

というわけで、ペルージャへの恋慕ばかりつらつらと書きはじめたが、ペルージャには今回も行きません(涙)ので、話を変えるためにも、ページを改めましょね…。

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