イタリア旅行記2013

2/26ローマ旅行記3 呼び出されているのは誰?

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とりあえず、観光初日の、食料調達とお金の準備は終わった。初日に、少しくらいローマ観光しようぜ、てなわけで、まずは、宿泊しているホテルから近い、カラヴァッジョ作品所蔵の、二つの教会へと足を運ぶことにした。

ローマの教会は、ほとんど無料である(まだ有料教会に出会ったことがない)。有料教会の多いヴェネツィアやフィレンツェと比べると、実に嬉しい限りである。カトリックの中心地、バチカンを内包する町だけあって、教会の門戸は誰にでも開かれている、ということだろうか。しかも、お金を払ってでも見たいような、スバラシイ芸術作品を持つ無料教会が、ローマにはかなり多いのだ。びばローマ!

まずは、宿泊先から歩いてすぐの、サン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会へ向かう…予定だったが、気候がよく、ジェラート日和だったので、教会より先に、教会近くの有名なジェラート屋、サン・クリスピーノに行った。花より団子、教会よりジェラート、である。

サン・クリスピーノは有名店なのだが、店内をのぞくと、誰もお客さんがいなかった。…うーむ、美味しいジェラート屋には地元の人がたかっているものなのだが、有名なだけで、美味しくないのだろうか?とにもかくにも、「食べずに後悔するよりも食べて後悔せよ!」の精神で、お店に入ってみた。

店内には、機嫌の悪いジャイアンのような貫禄のある、若い店員さんがいた。ジェラート屋の白いエプロンと帽子が全然似合ってない。一番小さなカップで2.7ユーロ、これがかなり小さなカップで、しかもフレーバーはひとつしか選べなかった。イタリアで今まで入ったジェラート屋の中で、ダントツに値段が高い。

お客さんは誰もいないし、店員は無愛想なジャイアンだし、だ、大丈夫かなあ~…と心配になったが、ジャイアンは、ニコリともせずに、お釣りを、ガラスのある所から出そうとして出せないよというギャグをかました。無表情でボケるのが彼の芸風らしい。

で、ジェラートの味は、お上品で、口どけがよく、かなり美味しかった!いい素材を使ってる、って感じだ。値段が高いだけのことはあるのだなあ~!今まで食べたジェラートの中でも上位である。ただし、同じくらいの美味しさで、値段の安い、フィレンツェの「ペルケノ」の防衛戦は成功した。私のイタリアジェラート屋脳内ランキングの一位は「ペルケノ」である。新しいジェラート屋に入るたびに、「ペルケノ」の防衛戦が行われるのだ。

さて、ジェラートも食べたことだし、仕切り直しでサン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会へ。

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ナヴォーナ広場とパンテオンの中間地点にある教会。立地の良さと、カラヴァッジョの傑作との呼び声高い聖マタイ三部作、おまけに無料なので、結構いつも観光客の多い教会である。私と姉は3年前に訪問した教会なので、再訪である(母は初めて)。

中に入ると、まずすぐに、屏風のようなものに貼り付けられたカラヴァッジョ三部作が目に入るのだが、これは実は販売用のポスターなので、まちがっても「へーこれかー」と鑑賞して、帰ってしまってはならない。本物は左側の、礼拝堂にある。観光客が群がっているので、すぐわかる。

近づくと、すぐに真っ黒な背景に、光が劇的に差し込む、カラヴァッジョワールドが現れた。礼拝堂の、正面と、左側、右側に聖マタイ伝は描かれている。時系列的には左側(マタイさんがイエス・キリストの弟子として指名される)→中央(マタイさんが天使と出会う)→右側(マタイさんが処刑される)の順番である。

まずは、姉の大好きな左側の絵。「聖マタイの召命」。カラヴァッジョ作品の中でも、特に有名な作品である。

サン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会 カラヴァッジョ

マタイは、イエス・キリストの十二弟子の一人だが、元徴税人だったと言われる。いつの世の中でも、たとえ正当な理由であっても、お金を取り立てる仕事は嫌われるものであるが、それに加えて、マタイが生きたユダヤ社会の徴税人は不当に税を取りたてる者が多く(必要以上のお金を取り立てて、私腹を肥やす)、嫌われ者の代表格であったそうだ。そんなわけで、ユダヤ世界では、徴税人は神によって救われない者の代表格だったとか。

そんな税の取立人であったマタイに、収税所でいきなりイエスは声をかけるのである。「私に従ってきなさい」。座っていたマタイは、立ち上がり、イエスについていく。…新約聖書(マタイ伝)に描かれる、「聖マタイの召命」に関する記述はコレだけである。

というわけで、この絵の右端で、右手を伸ばしている人物が、「私についてきなさい」と言っているイエスである。写真ではわかりづらいが、かなりのイケメン(カラヴァッジョ作品には珍しい正統派イケメン)に描かれていて、頭上にうっすらと光輪が描かれている。

姉いわく、「えー、本当にこの人がイエス?イケメンすぎ。それに、光がイエスから差してないじゃん。おかしくない?」。おー、するどい、姉っ!確かに、光はイエスから差していなく、窓からも差しこんでなく、イエスの後ろ側から差している。「…普通にドアからの光じゃないの?」と答える私に、「それはおかしいでしょ!ドアからの光だったら、上から差し込んでくるのはおかしいでしょが!」と姉。そうですね。ドアからの光のわけがないですね。すみませんねえ!

とすると、この光の意図は何だろうか?としばらく考察。………うーん、スポットライト効果かなあ?呼び出されているマタイさんにスポットライトを当てる光ではなかろうか?

だとすれば、この光の先にいるのが、マタイさんだということになる。光が当たっている先にいる人物はこの3人。

サン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会 カラヴァッジョ

イエスが指さしている先も、このあたりなので、マタイさんはこのへんにいるのは間違いないだろう。実は、この絵の中で、誰がマタイなのか、という論争は、結構、西洋美術研究の世界では、有名な論争らしい。カラヴァッジョは、人物を特定する目印(たとえばマグダラのマリアがよく壺を持ってるとか)をほとんど描かない画家なので、こういう論争が出てくるのだそうだ。

というわけで、~クイズ!どの人がマタイさん?~

本命:右側の黒い帽子のヒゲおじさん
イタリアで、長らくマタイさんだと思われているのはこの人。私も、絵を見た瞬間に、この人がマタイさんかなあ?と思った。「え?私のこと呼んでますか?」みたいな表情をしているしね。だいたい、マタイを含めた十二弟子ってのは、こういうおじさんとして描かれることが多いのだ。

対抗:左端でうつむいてお金を数えている少年
この左端の少年は、非常に印象的に目をひく人物である。うつむき加減でお金を数え、表情はうかがえないが、あまり明るい顔をしていないことは推測される。私には、徴税人ではなく、税を払いに来て、必死に足りないお金を数えているのかな?と見える。
だが、専門家は、この少年がマタイだと考える人が多いのだそうだ。黒い帽子のヒゲおじさんの手は、「この少年を呼んでいるのですか?」と少年を指さしていて、少年は、次の瞬間、顔を上げて、椅子から立ち上がり、ボー然とする仲間の前を悠然と歩いて、イエスに従っていく。その前の一瞬を描いた図である、というわけだ。そう言われると、マタイ伝の、「座っていたマタイが立ち上がってついていく」という、短い記述に対応した、刹那的瞬間を捉えた、非常に味のある図に見えてくる。

大穴:メガネのおっさん
ヒゲおじさんは、隣のメガネのおっさんを「この人のことですかい?」と指さしているようにも見える。ただし、このメガネおっさんは、座っていないので、マタイ伝の記述と外れ、マタイさんでない可能性大。でも、このおっさん、イエスの突然の訪問に、何の関心も示してないし、意外と大物なのかもしれない。この人がひそかにマタイさんだったらおもしろいね!「あっ、無関心を装ってましたが、実はワタシがマタイなんです。じゃっ、みなさんサヨナラ~」みたいな。

…というわけで、答えのないクイズでした。実際に、この教会でこの絵と対面する際には、いったい誰がマタイさんに見えるか、考えながら鑑賞するのがおもしろい。

この「聖マタイの召命」の右側、つまり礼拝堂の中央にあるのが、「聖マタイと天使」。

サン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会 カラヴァッジョ

実は、この三部作の中では、私はこの絵が一番好きだ。マタイさんが突如現れた天使と神秘体験している図らしいのだが、マタイさんが何か書き物をしてるので、ちょうど新約聖書マタイ伝を書いているところに見えてしまう。翼を持つ人物…つまり天使は、福音書記者としてのマタイさんのトレードマークだし。私には、天使「もう締め切り過ぎてるんだけど!」マタイ「ちょっと待って!あと少し!」天使「締め切り、締め切りっ!」という図に見える。

ちなみに、この絵、最初に描いた絵は、天使とマタイが密着しすぎていて、ヤラシイという理由で、ボツになってしまったため、第二弾なのだそうだ。そのボツになった絵は、第二次世界大戦で惜しくも焼失してしまったそうなのだが、カラヴァッジョ巡礼 (とんぼの本)という本で写真を見ることができるので、どれだけヤラシイかを見てみたい方にはおすすめ(個人的にはあんまりヤらしくなかった)。

右端にあるのは、「聖マタイの殉教」。つまり、この3部作は、マタイが、イエスに出会うところから始まり、マタイがイエスの教えのために死ぬ絵で終わっていて、まさに「聖マタイ伝」と呼ぶにふさわしいのだ。

サン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会 カラヴァッジョ

真ん中で転がっているのがマタイさん。個人的には、マタイさんの頭上から、助けるための枝を差し出している天使がかわいらしくてしょうがない絵である。

ちなみに、この殉教の絵の中には、マタイに暗い視線を向けている、気持ちの悪い男が描かれていてギョッとする。

サン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会 カラヴァッジョ

他のカラヴァッジョ作品で描かれる、カラヴァッジョの自画像とそっくりな男だ。カラヴァッジョそっくりの男は、殉教するマタイを虚無感ただよう目で見つめながら、いったい何を考えているのか。それ以上に、どうしてカラヴァッジョは、こんな暗ーい顔をした自分そっくりの男をこの場面に描きこんだのか。この男、何だか見ているとイヤな気分になってくる。殺人を犯すほどの心の闇を抱えた画家・カラヴァッジョは、鏡を見ながらこんな暗い気分になっていたのだろうか…。

というわけで、カラヴァッジョでお腹いっぱいになってしまうサン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会なのである。ローマに数多くあるカラヴァッジョ作品だが、その中でもこの教会の作品は、必見である。

さて、サン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会近くには、サンタゴスティーノ教会という、カラヴァッジョ一作と、若き日のラファエロ作品が鑑賞できる教会がある。この教会にも姉と私は行ったことがあるのだが、ラファエロ大好きな母は訪問したことがないので、立ち寄ることにした。

サンタゴスティーノ教会

こちらがサンタゴスティーノ教会。入り口前の小さな階段が印象的な教会。

まずは、カラヴァッジョスペシャルってなわけで、入り口近くのカラヴァッジョ作品から鑑賞。お題は「巡礼の聖母」。

ローマ サンタゴスティーノ教会

この絵、聖母マリアの仕草が優美で、幼子イエスも珍しくかわいらしいのだが、何と言っても印象的なのは、画面手前の裸足の農夫婦である。特に、おじさんの裸足の足の裏!汚れた足の裏をこちらに見せられても、全然イヤな感じがしない。素朴で真っ直ぐな足の裏である。足の裏で人に感動を与えられるのはこのおじさんだけ!

サンタゴスティーノ教会は、カラヴァッジョ3部作のあるサン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会ほどは観光客がいないので、このカラヴァッジョの絵のライトが、点いたり消えたりであった。無料教会の作品は、点灯マシンにコインを入れて、鑑賞することも多いのだ。だいたい50セントか1ユーロで、ユーロ札は使えないので、コインを常備しておきたいところである。

カラヴァッジョを見た後、ラファエロ好きな母に、「ラファエロの絵がどこにあるか探してごらんよ」と言って、探させてみた。でも、この教会のラファエロは、かなりわかりにくい所にあるのだ。ちょっと母をからかって、他の礼拝堂にあった変な絵(明らかに下手ぽっぽな絵)を指さし、「これがラファエロだよ」とふざけると、母は「えっ?…えー………へえー………」と、微妙な反応ながらも信じてるっぽかったので、「嘘だよ、嘘!」とすぐ訂正した。人を疑うことを知らない素敵なマンマ。

本物のラファエロ作品はコレ。わかりにくいが、柱の内側に描かれている。

ローマ サンタゴスティーノ教会

お題は「預言者イザヤ」。ラファエロの初期作品なので、傑作と言うわけではないが、だいぶイザヤがイケメンである。マジかっこいい。こんなスポーツ選手がいたら、私は確実にホレる。「地球の歩き方」によると、システィナ礼拝堂のミケランジェロ作品の影響を受けているらしいが、確かに色合いが似ているなあ。

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サンタゴスティーノ教会には、作者はわからないが、こんな素敵な天使?少女?の像もあった。

というわけで、観光初日の後半戦は、郵便局に振り回された前半戦と打って変わって、カラヴァッジョいっぱい(+ラファエロ)の、充実した中身となった。しっかも、無料ッ!この日の観光がこれで終わると思ったら大間違い。この後、サンタンジェロ城に突撃するぞーッ!

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