イタリア旅行記2013

2/26ローマ旅行記2 お花じゃないよ、野菜畑だよ

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イタリア旅行2013の、最初の夜が明けた。

ということは、本日が実質、観光の初日である。自炊をベースとする我々の旅行は、新しい町に入ったら、まずは食料品を調達に行かなければならない。

イタリアでの食料品の買い物は、できれば、スーパーマーケットよりも市場がのぞましい。市場の野菜の方が、安くて新鮮でおいしいのだ。ローマで最も有名な野菜市場は、カンポ・デ・フィオーリ広場にあるので、わざわざカンポ・デ・フィオーリ広場の近くのホテルを取ったのだ。

というわけで、本日は何を差し置いても、まずはカンポ・デ・フィオーリ広場に突撃である。

私は3度目のローマだが、カンポ・デ・フィオーリ広場は初めて…のつもりである。だが、姉は、「市は開かれてなかったけど、通ったことはあるよ」と言う。だが、何にも覚えていない、ということは、初めてと同じことなのである。記憶に残っていない出来事とは、無かったも同然の出来事と言えるのだろうか…という哲学的な問いなど、今はどうでもよい。我々は食料調達に来たのだっ!

カンポ・デ・フィオーリ広場に向かう途中で、路上に貼られた新聞記事と、それを熱心に見ているおじさま方に遭遇した。

新聞記事を読むまじめなローマ人

実はイタリアは、昨日が総選挙だったのだ。日本の政治にすら疎い私は、イタリアの政治情勢や選挙制度など、完全にアウトオブ脳みそでよくわからないのだが、新聞記事のほとんどは「カオス」と見出しが打たれていた。どうやら、4つの勢力が、同じくらいの得票数で、四すくみ状態になってしまったらしい。しかし、「カオス」って、選挙結果を待つまでもなく、もともとイタリアはカオスなので、そんなに大騒ぎすることもあるまい、と思うのだが。

それにしても、イタリア人にも熱心に選挙の記事を読む人がいるのだな、と感心してしまった。そう思ったのは我々だけではなかったらしく、他の観光客も、この新聞に見入るおじさま方の後ろ姿を珍しそうに撮影していた。

さて、カンポ・デ・フィオーリ広場。直訳すると「お花畑」広場…だが、さながら「野菜畑」の様相を呈している。

カンポ・デ・フィオーリ広場

カンポ・デ・フィオーリ広場

料理大好きな母は、鼻息を荒くして、野菜の吟味を始めた。「お母さんは、…ひ…ぴぃ……ピノッキオを買いたいのよ!」。母よ、ピノッキオは野菜ではなく、鼻の長い木彫りの人形さんだよ(母が言いたいのはおそらく「フィノッキオ」)。

やや興奮がちな母の付き人は姉に任せて、私はぶらりと市場を一周した。野菜はたくさん売っているけど、観光客向けのお土産屋さんのような屋台もある。ローマの中心地にある市場なので、観光色が強く、野菜目的ではなく、カメラを構えた観光客もたくさんいる。

広場の中心には、うつむきかげんでさみしそうなおじさんの像。

カンポ・デ・フィオーリ広場のジョルダーノ・ブルーノ

最初ダンテかと思ったのだが、何となくダンテじゃない感じだなあ(ダンテは吟遊詩人っぽく、月桂樹のかんむりをかぶって、もう少し口の端がひん曲がっている)。帰国してから調べたら、ジョルダーノ・ブルーノだった。異端審問で有罪とされた哲学者として高校世界史でも習う人物だが、この広場で火あぶりの刑になったのだそうだ。だからこんなにさみしそうなのかなあ。彼の周りには、たくさんの花輪が捧げられていた。

母・姉と合流すると、二人は私を待ち焦がれていた。市場では、カタコトのイタリア語が話せないと、買い物が難しいのだ。母と姉は野菜を選んで料理を作る係、私は通訳して食べる係。分業ってスバラシイ。

この分業制で、野菜を買いまくった。広場周辺にある肉屋で、お肉も買いまくった。なにせローマは1週間の滞在なのだ。
このカンポ・デ・フィオーリ広場には、有名なパン屋さんがあると聞いていたが、広場北側に面した隅のところの、「FORNO CAMPO DE'FIORI」というパン屋さんにひっきりなしに人が入っていたので、ココのことだろうよ、と入って、昼食用のパンを買った。

カンポ・デ・フィオーリ広場からは、通りの向こう側に、水色のクーポラが見えた。

カンポ・デ・フィオーリ広場

私「ねえ、あれ、サン・ピエトロ聖堂じゃない?」

姉は、「あんたさあ…」と言ったきり、あきれたように私の顔を見たまま何も言わなかった。あ、そうですか。アレは、サン・ピエトロじゃないわけですね。姉いわく、「あっちの方角にサン・ピエトロ聖堂が見えるわけないでしょうが」。んなこと言われもさあ、水色のまるい屋根をローマで見たら、瞬間的にサン・ピエトロ聖堂だと思ってしまうのが、人の常ってもんじゃないかね?

しかし、3度目のローマで気づいたのだが、ローマには「サン・ピエトロ聖堂もどき」の、薄い水色の屋根を持つ教会が、いくつかある。イタリア人は、都市づくりの際に、景観を統一する傾向があるので、おそらく、わざわざサン・ピエトロ聖堂をまねて作ったものなのではないかと思う。まねっ子とはいえ、ローマのミルクティ色の街並みに、淡い水色は、なかなか似合っているのだ。

キッチン付きのホテルに戻り、母と姉が作ってくれたお食事がコレ。

2013年2/26の昼食

ポテトサラダと、野菜ときのこたっぷりのスープと、パン。健康的なお昼ご飯。母と姉が作ってくれたものも美味しかったが、何といっても、パンが美味しかった!いや、これはオイシイね。毎日行くよ、「FORNO CAMPO DE'FIORI」。今までのイタリアのパン屋さんの中で、一番美味しかった!

昼食後、ちょっと手持ちのユーロが少なかったので、母をホテルに休ませて、姉と二人で郵便局へお金を降ろしに行くことにした。イタリアはクレジットカードが使えないお店も多いため、現金も手元に必要である。

別に郵便局まで行かなくても、そこらへんのATMでお金は降ろせるのだが、入れたカードが出てこなくなったらどうしようとか、周りに悪い人がいて狙われたらどうしよう、とか、イタリアに4度も行ったことがあるくせに、いまだに私がチキンハートなのである。

そんな私に、異様な安心感を与えてくれるのが、郵便局。郵便局の安心感って、いったい何なのであろうか。あの妙な庶民感と安定感。イタリアの郵便局は、実は日本と違って、窓口激混みの大混乱状態なのだそうだが(半日くらい待つこともあるらしい)、窓口ではなくATMでお金を降ろすだけなので、私には無関係である。それならなおのこと、そこらへんでお金を引けよ!と言いたくなるだろうが、郵便局の安心感が私は欲しいんだよ!それだけのことなんだよ!(キレるな)

で、宿泊するホテルの近場の郵便局を調べておいたので、そこに行ってみたのだが、なんと、1時半に郵便局は閉まっていた。ええーっ!?ここは首都ローマだぞ?プーリア州とかウンブリア州みたいな田舎ではなく、首都だぞ、首都ッ!しかも、結構中心部っ!

郵便局のATMは、建物の外にあることが多いので、まあ郵便局が閉まっていてもお金が引けるかも、と思い、探してみると、確かにATMはあった。しかし、「使えません(CHIUSO)」と手書きのきったない字で書かれたぺらぺらんの薄いA4の紙が、セロテープでぺっと貼られていた。しゅ、首都…。ローマ帝国が崩壊した理由が、遠回しに何だかわかったような気がする午後…。

こんなところでくぢけてたまるか。私たちはお金を引くために、今動いているわけだから!というわけで、やけくそで、中央郵便局まで行くことにした。中央郵便局ならさすがに開いているだろう。姉とうりうり歩いて、中央郵便局までたどりついた。

だが、勇んでお金を引こうとすると、ナゼか引けない…。どうやら、セキュリティのために、一日の引き落とし限度額を、自分で設定してしまっているらしい。用心深いのはイイことだけど、自分で自分の首を絞めてるよ、自分!というわけで、ちまっとした金額のお金を降ろして、ホテルへと帰った。最寄りの郵便局ではなく、中央郵便局まで来たので、帰りの道のりが長い。ちまっとした金額のお金も重く感じられるぜ…。

ローマ初日で、まだ食料調達と郵便局しか行っていない。ホテルに帰りついて、「何だかまだローマに来た気がしないなあ…」とつぶやくと、母が「そりゃそうよ、まだお母さんはローマの何も見てないもん」と言った。母には他意はないのだが、お金がうまく引けなくてしょぼくれている私の耳には、厭味ったらしく響いた。きいーっ!こちとら、お金を降ろすため(だけ)に、奔走したんだよっ!というわけで、本日の残された時間は、やや鼻息荒く町歩きをすることになった。

それにしても、ローマって、何だかちょっとしたことでも苦労する町だ。やっぱり、ローマ市民権を得るための道のりは、まだまだ遠いのだなあ。

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