3/14ミラノ旅行記8 ディナーは視線を釘づけにして

アンブロジアーナ絵画館を堪能した後、絵画館の近くの、有名な「ペック」という食材店の2階にある、「ペックカフェ」で一休みすることにした。

「ペック」と言えば、ミラノの旅行ガイド本には必ず載っている、世界的に有名な高級食材店。1階が食材売り場になっていて、ハムやチーズ、パンからお菓子など、人間が食べるものなら何でも売っている。質のいいものが揃っているし、「ペック」と言えばもうブランドのようなものなので、ここでおみやげを買う観光客も非常に多い。

2階がカフェになっていて、高級食材店のカフェ、ということもあってか、客層のほとんどは有閑マダムと言う感じであった。つまり、「おほほほほ、そうですわね、奥様」みたいな雰囲気。姉と私が二人だったら、確実に入っていないカフェである。

母は結構ファッションをお上品にまとめる人で、マダムに見えなくもないので、母が一緒にいたため、我々はこのカフェであんまり浮かずに済んだ。今回の旅行は、母がいたおかげで、普段であれば入らないようなお店に何度か入り、新鮮であった。

日本人観光客もよくこのカフェを利用するらしく、注文を取りに来たおじさん…いや、おじさまだな…おじさまは、日本語で「コンニチハ。ナニニシマスカ」と言った。コンニチハ。すぷれむーたヲ、ミッツオネガイシマスヨ。スプレムータは7ユーロで、普通のバールなどでは3~5ユーロくらいであるのを考えると、やっぱり高級カフェの値段だった。味は美味しかったです!

母はもう少し休憩させるために、このペックカフェに残して、姉と私は二人で、ポルディ・ペッツォーリ美術館へ向かった。ドゥオーモから北の方へ、歩いて5分くらいの所にある美術館である。

ポルディ・ペッツォーリ美術館

こちらが入口。アンブロジアーナ絵画館と同じように、ポルディ・ペッツォーリ美術館も、邸宅美術館…つまり、建物そのものにも価値のある美術館なので、入館料がイタリアの美術館の中では高く、9ユーロである。

切符を購入して、中に入ると、いきなり素敵な階段が!おおっ!確かに邸宅美術館っ!

ポルディ・ペッツォーリ美術館

ねえ、自宅にこんな階段があったら、本当に素敵なお家ですよ!おほほほほと言いながら、降りたい階段である(意味不明)。どうでもいいんだが、どうして階段って、上ってる姿より、下ってる姿の方がエレガンスな雰囲気が出るのだろうか。シンデレラが、ガラスの靴を落とした後、急いでタタタタッと階段を下るから優美なのであって、もし急いで階段をゼーハー上るなら、雰囲気ぶち壊しである。

で、この素敵な階段を上ると、すぐに絵の展示が始まった。まず目に飛び込んできたのは、高校時代、世界史の教科書で見たことのある、マルティン・ルターの肖像画!あの、ちょっとシモブクレの、目が開ききらない感じの、眠そうなルターさんである。

こんな有名な絵があるのに、どうしてこの絵のことが、「地球の歩き方」に載ってないんだろう?と思い、帰国してから調べると、このルターの絵の作者さんのクラナッハさんは、ルターの友達で、ルターの肖像画は何枚も何枚も描いているらしい。で、選挙ポスターみたいに、宗教改革を広めるための広告として使ったとか、何とかかんとか。写真のない時代だからねー。

この美術館に来た一番の目的は、ボッティチェリ作品を2枚所蔵している、という情報をゲットしたからである。探してみると、残念ながら、一枚は修復中で展示されていなかった。だが、不幸中の幸いで、修復中の絵はサヴォナローラに心酔した後に画風が変わってしまってからの作品であり(この頃のボッティチェリ作品は、精彩を欠くと言われている)、ボッティチェリが最盛期である頃に描いた絵の方は、鑑賞することができた。「聖母子」を描いた作品である。

ポルディ・ペッツォーリ美術館 ボッティチェリ

ボッティチェリ特有の、線の優しさ、人物の柔らかさがあり、素敵な作品!コレは数あるボッティチェリの絵の中でも、なかなかイイ!何て静かで温かみのある、聖母マリアの表情!でも、さすがボッティチェリで、同時に何だかさみしそうな雰囲気が、作品をさらに美しくしている。

マリアを見上げる幼子イエスもかわいい!お母さんマリアの手の上に、ちょこんと乗せられた小さな手がかわいい!いやー、旅行最終日に、こんな素敵なボッティチェリ作品に出会えて幸せだよ!

ちなみに、この写真は、本物を撮影した写真である。写真撮影禁止の立札がどこにもなかったので、係員のおじいさんに、「作品を撮影してもいいんですか?」と聞いてみると、なぜかおじいさんは、両の手で、それぞれ私と姉の頭をなぜながら、「もちろんいいですよ」と答えた。私はともかく、姉まで子供に見えたのだろうか?

それにしても、この美術館の係員さんはみんな優しくて、何だか神父さんのように慈悲深い笑みを顔に浮かべていて、まるで教会を鑑賞しているみたいな気分だった。

本物のボッティチェリ作品をバシバシ写真に撮れるなんてことは、めったにないことなので、姉も私も調子にのって、このボッティチェリと一緒にハイチーズした。ボッティチェリと記念撮影できる幸せよ!

この他には、女性の横顔を描いた、ポッライウォーロの有名作「若い貴婦人の肖像」や、ピエロ・デッラ・フランチェスカの「トレンティーノの聖ニコラ」などがあった。

「地球の歩き方」にも写真が載っていた、ポッライウォーロ作品はなかなか美しい作品だったが、ピエロの作品は、もともとクールな感じの絵を描くピエロが、聖人…つまり中年男性…ぶっちゃけおっさんを描いた作品だったため、ちょっと私にはクールすぎた。いや、ピエロの絵、結構好きなんですけどね!

姉が好きだと言ったのは、ベッリーニの「ピエタ」。

ポルディ・ペッツォーリ美術館 ベッリーニ

こちらの作品。「ピエタ」とは、キリストの十字架上での死と、それを嘆き悲しむ人々の場面である。

姉は、ブレラ美術館でも、ベッリーニの「ピエタ」(この絵とは構図がだいぶ違う作品)を、大絶賛していた。私は、ベッリーニは、聖母マリアとか天使とか、美人を描いてなんぼだと思っている画家さんなので、あんまり「ピエタ」には心惹かれなかったのだが、姉はずいぶん気に入っていた。

私がおこちゃまで、まだ、こういったシブい絵を味わえないのだろうか。ま、姉は、「何だかサネッティを思わせる」と何度も言っていたので、そのせいでベッリーニの「ピエタ」に惹かれた可能性は大だが。(姉はインテルの主将サネッティのファン)

他には、「メメント・モリ」と題された、一風変わった作品が目についた。「メメント・モリ」とは、「死を想え」というラテン語で、人生の最後に待っている死から目を背けるな、とでもいうか、ちょっと日本の諸行無常とも似たところのある思想である。この「メメント・モリ」を題材にした芸術作品は、西洋美術によく見られる。

このポルディ・ペッツォーリ美術館で見た作品は、一見若い男性の肖像画なのだが、この絵の裏側が鏡を使って見られるようになっている。その鏡にさかさまに映っているのは、ドクロなのである。若さと死は背中合わせ、とでもいうメッセージであろうか。

鏡で絵の裏側を見せる、というのは、この美術館の演出だが、鏡にさかさまに映ったドクロが、実に怖かった。あんまり怖くて、写真撮影OKなのだが、撮影がためらわれたので写真は撮らなかった。おそらく、こういう絵は実際に見てなんぼだと思うので、皆さま、ミラノに行った際には、ぜひこの作品と向き合って来て下さい!

さて、ボッティチェリやベッリーニの絵が展示している横の部屋には、フィレンツェのサンタ・マリア・マッダレーナ・デ・パッツィ修道院で見た、ペルジーノのキリスト像の絵にそっくりな、キリスト像が描かれた十字架があった。

ポルディ・ペッツォーリ美術館 ラファエロ

作者は誰かなあーと思って見てみると、ラファエロっ!?

ラファエロは、ペルジーノのお弟子さんで、初期作品はずいぶんペルジーノの影響を受けているらしいので、おそらくこの作品は、ラファエロの初期作品なのではないだろうか。十字架の中に描かれた、小さな絵なので、あまり美術館側がアピールしていないのかもしれないが、「地球の歩き方」にもラファエロ作品があるなんて載っていなかったので、思わぬところでラファエロに会えてビックリ!

で、この十字架の四隅に、聖母マリア、マグダラのマリア、使徒ペテロ、使徒ヨハネが描かれていた。使徒ヨハネ…そう、私が大好きなヨハネっちですよ!このラファエロ作のヨハネっちが、実に実にかわいらしい!

ポルディ・ペッツォーリ美術館 ラファエロ

手を合わせて、目を閉じて、ほんわかしていてかわいいヨハネっち。今まで、いろいろな絵の中でヨハネを見てきたが、このラファエロの描いたヨハネが、一番好きかも!本当に小さな絵なのだが、実に心温まる絵である。

ポルディ・ペッツォーリ美術館 ラファエロ

こちらは、マグダラのマリア。美人の誉れ高いマグダラだが、この絵に限っては、マグダラよりヨハネの方がかわいいと思った。マグダラの髪型かわいいですけどね!

ポルディ・ペッツォーリ美術館 ラファエロ

こちらは聖母マリア。キリストが十字架にかけられる頃のマリアなので、年齢相応の描き方になっている。聖母子像に描かれる若いマリアとは違うが、落ち着いた中にマリアの慈愛が滲み出ていて、素敵な絵だと思う。さすがラファエロ。

ポルディ・ペッツォーリ美術館 ラファエロ
上の三人の写真を撮ったところで終わりそうになったのだが、それではかわいそうなので、ペテロの写真も撮ったよ!トレンドマークのカギを持った、おじいさんペテロ!よくよく見ると、かわいいペテロ!

というわけで、予期せぬところで、ラファエロ作のヨハネっち―しかも最高にかわいらしい―に出会えて、もう幸せいっぱいの私。

おまけにこのポルディ・ペッツォーリ美術館は、邸宅美術館名だけあって、内装も美しいったらありゃしないよ!

ポルディ・ペッツォーリ美術館 

美しいステンドグラス。こんなのが自宅にあったら、………うーん、想像もできないくらい、私の自宅とはかけ離れすぎている。

ポルディ・ペッツォーリ美術館 

美しい壁の装飾。こんなのが自宅に…(以下省略)。

ポルディ・ペッツォーリ美術館 

変な動物の置物。うーん、これは自宅にいらないや。

ポルディ・ペッツォーリ美術館 

時計や観葉植物の置かれたこの部屋もステキ。

というわけで、館内そのものの美しさも、展示品のスバラシサも、想像以上であったポルディ・ペッツォーリ美術館。特に、ボッティチェリ作品とラファエロのヨハネは最高で、何度も何度もこの2つの絵の前に戻って、飽きるまで(って飽きなかったんだけど)堪能した私。

最後に、入口にあったエレガンスな階段で、エレガンス記念に(意味不明)姉と交代で記念撮影をしていたら、その様子を、係員さんのお兄さんが、慈悲深い笑みを浮かべて見守っていた。係員さんたちもやさしい人ばっかりで、とても高感度の高い美術館であった。

さて、ポルディ・ペッツォーリ美術館を出たら、ドゥオーモで母と待ち合わせ。ミラノ旅行の締めは、やっぱりドゥオーモである。母は無事にドゥオーモで待っていた。「お母さんが一人で歩いてたら、じろじろ見られるよ。日本人のおばさんが、一人でミラノを歩いてるのは珍しいのかも!」と母。

確かに、日本人の中高年世代は、ツアー旅行でイタリアに行く人が多いからねえ。それでも、個人旅行でイタリアを旅している、あっぱれな日本人シニアに出会うこともある。私もいくつになっても、個人旅行ができるようなパワーを持ち続けたいものだ!

ミラノ ドゥオーモ

夕暮れ時の、ドゥオーモのステンドグラス。もうおやすみなさいって感じだね。

ミラノ ドゥオーモ

入口の方から西日が差しこんできている。ドゥオーモは、床装飾も、こんな風に素敵である。

3年前に観光した時は、ミラノってこんなもんかーと言う感じだったが、今回5泊してみて、いろいろな教会や美術館に入ってみると、思っていたよりずっとミラノは見どころの多い町だと感じた。特に、美術館は素敵な作品が多かった。リピートしてみて、初めて良さがわかる町もあるってことを学んだよ。

てなわけで、あんまり以前の訪問時は印象の良くなかったナポリ、ピサあたりも、もう一度行けば、もっといい所を見つけられるのかもしれない、と思った次第であった。

さて、今日は最終日だし、残ったユーロを使って、パアーっと派手なディナーにしちゃおうぜ!(ちなみに私の言う「派手」とは、ほんの少しだけ価格の高いレストランで食べることをさしている。断っておくが、「ほんの少しだけ」ですからね。)

というわけで、宿泊している中央駅から近い所に、「地球の歩き方」で紹介されている美味しそうなお店があったので、地下鉄で中央駅まで戻ることにした。ドゥオーモの駅から乗った電車は、何とACミラン仕様の電車であった。

ミラン電車

インテルファンは、この電車が来たら、乗らないでスルーするのかなあ。とりあえずこの電車に向かって言いたいことはコレ。「ミランよ、モントリーヴォとメクセスを返しやがれっ!」(この電車に言っても意味ないよ)

姉が調べておいてくれたのは、「GIANNINO(ジャンニーノ)」というお店。

TRATTORIA GIANNINO

7時頃に行ったのだが、我々が一番乗りであった。イタリア人は夕食の時間が遅いので、夜7~8時頃は、レストランはどこでも結構すいている。NHKの「テレビでイタリア語」に出演できそうな、さわやかな新人さんって感じの若い男性が、席まで案内してくれた。

メニューを見ると、結構高かった。手持ちのお金で足りるかなあ…と少し不安になったが、母が、「お母さんは、服の下のインナーセキュリティに、150ユーロ入ってるよ」と言ったので、足りなければ、母の持っているお金も使えばいいね、と、安心した。

注文を取りに来たのは、ユヴェントスのマルキージオをスキンヘッドにしたみたいなお兄さんだった。さっきの若造より、ちょっとランクが上のウェイターさんのようで、プロフェッショナルな笑顔を浮かべて、いろいろお料理の説明もしてくれた。頭の形が何だか柿ピーに似ていたので、「ピーさん」と呼ぶことにした。

せっかくミラノなので、ミラノ風カツレツと、このピーさんが勧めてくれたロンバルディア料理数点、また、イタリアのレストランで珍しく「Tofu(豆腐)」があったので、この「Tofu」も注文した。

ちょっと柑橘系の香りがした「Tofu」は、日本の豆腐とは少し違う味だったが、美味しかった。それ以外の料理も、さすが値段が高いだけある味。

そして、何より、この値段の高さは、ウェイターさんたちのサービスに表れていた。基本的に、我々のテーブルは、さっきのピーさんと、最初にテーブルに案内してくれた若造が担当したのだが、最初に出てきたパンを食べた後、テーブルに落ちたパンくずを、若造がスプーンをモップ替わり、ナフキンをちりとり替わりにして、丁寧に掃除した。

へえ!スプーンで掃除するもんなんだ!ただ、若造は、まだこの「スプーンで掃除」の技は修行が足りないらしく、さいごの一粒のパンくずが拾えず、「へへッ」と照れ笑いしていた。

また、エビを頼んだのだが、まるごと出てきたので、姉と私は上手に食べる自信がなく、コソクラー(手先が器用な人をこう呼ぶ)の母が食べた。少し手を使って食べたのだが、それをどこから見ていたのか、母がエビを食べ終わると、若造がサササササッと、母にお手拭を差し出した。…若造っ!すばやいっ!

私は、若造のあまりに早い対応を不思議に思ったのだが、母と姉は言った。「…私たち、ここの全スタッフの注目を浴びてるよ」。ええっ?私はスタッフに背を向ける形で座り、母と姉は、スタッフに顔を向ける席に座っていたので、母と姉は、お店のスタッフたちの視線を、モロに浴びていることに気付いていたのだ。

…それで、何となく二人とも、黙々と、緊張した面持ちで食べていたのね。まだ店内に、我々しか客がいないからなあ。私は背を向けてるため、全然プレッシャーを感じなかった。

姉いわく、ピーさんと若造以外に、さらにその下の見習いっぽいスタッフが数名いて、彼らは、テニスの国際大会のボールボーイよろしく、腕を後ろに組んで、ビシッと直立不動しているらしい。このスタッフたちが私語をすると、厨房から、「シーッ!」と言う、お叱りの声が飛んできたらしい…。

母と姉は、この直立不動軍団と、ピーさんと、若造の視線を一身に浴びてディナーをしているのだ。若造は、それはもう、何か若造の仕事がないかと、目を皿にして我々の食事を見ていたのだ。それで、母がエビを食べ終わった瞬間に、お手拭を持って飛んできたわけですよ。

食事が始まって、30分ほどして、ようやく二組目の客が入ってきたため、店スタッフの視線独占状態は解除され、母と姉は安堵していた。それでも、若造のテーブルサービスの抜け目なさは代わりなかったし、食事の説明に来るピーさんの、プロフェショナルな笑顔も全く崩れなかった。ミラノ風カツレツは、運んできた後、食べやすいように、このピーさんが切り分けてくれた。

そのうち、お店はどんどん混んでいった。アメリカ人っぽいビジネスマン集団などが入ってきて、ピーさんは一生懸命英語で説明をしていた。あまり観光客っぽい人たちはいなくて、ドレスアップしたお姉さん方などもいて、ちょっとびっくり。ただ、カジュアルな服装の人たちもいて、ドレスコードにうるさいお店ではなさそう。

お勘定前に、母はトイレに行ったのだが、帰ってきた母は言った。「お母さん、インナーセキュリティに150ユーロあるって言ったけど、あれは間違いだった。お土産買うのに使ったんだった」。ええええーっ!?母の150ユーロがあると思って、あんまり値段を考えずに注文しちゃったよ!おっ、お金が足りなかったらどうしよう…?

所持金が足りないと知った瞬間に、ピーさんのプロフェッショナルな笑顔が崩れたらどうしようっ!?無銭飲食の罪で、イタリア警察にとっつかまって、明日帰国できなかったりして…。

…などと、ドキドキしながらお勘定をお願いすると、合計金額は、手持ちのお金で何とか足りた。3人で、200ユーロくらい使ってしまった。いやあー、ゼイタクしたね、コレ!姉と二人の旅行では、考えられないレヴェルのディナーだったよ!

帰り際に、若造にはあいさつしたが、ピーさんは、アメリカ人のお世話で忙しそうだったので、声をかけずにお店を出ようかなあ、と思った。

しかし、ピーさんは、目の端に我々が席を立つのを捉えていたらしく、我々がピーさんの背後あたりにさしかかると、ぐるんと振り返って、あのプロフェッショナルな笑顔で、「ありがとうございました!また来てください!」と挨拶した。うーむ、プロ。若造も、あのテニスのボールボーイみたいな集団も、ピーさんのような、プロのウェイターを目指しているのだろうな。

そのままお店を出て、レジデンスの方角へ向けて帰った。ミラノ中央駅が正面から見えていた。3年前は工事中だったミラノ中央駅だが、なかなか綺麗になっていた。これで、ミラノともお別れ。っていうか、明日は帰国だから、イタリアとお別れである(涙)…。

今回のミラノ滞在で、ミラノという町を、以前より好きになったよ。やっぱり、その町の良さってのは、その町に長く滞在しなければわからないものだ。次にミラノに来るときは、ぜひ、トラムを我が物顔で乗り回したいものだぜ!待ってろ、トラムっ!

3/15エピローグ ミヤトビッチさんって誰?へ続く