イタリア旅行記ブログ イタリア旅行は楽し

イタリア旅行大好きの管理人が、実際にイタリアに足を運んだ経験・情報に基づいて、イタリア旅行情報を発信してます。
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3/5アテネからパトラへ ギリシャのハンバーガーは美味しいよ

<今回のギリシャ&イタリア旅行記メニュー>
●アテネからパトラへ移動

 本日は、ギリシャから、イタリアへ向けて旅立つ日である。幼い頃からの憧れであったギリシャ、たったの一週間ではあったが、シアワセな時間だったな~。

 さて、ギリシャからイタリアへの移動手段だが、地図で見る限り、ギリシャからイタリアへは、海を突っ切って行くのが一番近い。調べてみると、ギリシャからイタリアへ、大型船で移動するというのは、なかなかポピュラーな方法らしい。

 時間だけを考えれば、本当はピュッと飛行機でひとっ飛びしてしまうのが一番速い。だが、アテネの空港使用料は高いしー、国境をぴゃっと飛行機で越えてしまうのも何だかつまらないし-、そもそもそれほど飛行機は好きじゃないしー…とかイロイロイロイロ考えたが、結局のところ、何だかこの船に乗ってみたかった。

 だってさー、古代ギリシャ人は、海を渡って、南イタリアに植民地を築き、その結果、ナポリとかターラントとか、古代ギリシャ人が作った町が起源となって、現代も残っている町が、南イタリアにはたくさんある。ちなみに、古代ギリシャ時代に、ギリシャ人が植民した南イタリア一帯を、「マグナ・グラエキア」と呼ぶらしい。そんな古代ギリシャ人に倣って、私も、ギリシャからイタリアへ、海を渡ってみたいのだよ!(私は、こういう変な願望を、実行に移してしまう性癖の持ち主である)

 そんなわけで、飛行機を使えば、わずか数時間で移動できるギリシャ―イタリア間を、22時間かけて、船で移動することと相成りました。イエイっ!

 しかも、船は、アテネ近郊から出るわけではない。アテネの近くには、ピレウスという港町があるのだが、ここピレウスから出る船のほとんどは、ギリシャ国内を移動する船である。

 じゃあ、アテネからイタリア行きの船に乗るためには、どこから乗らなければならないかというと、パトラである。パトラ。それは、ペロポネソス半島の西の端っこにある、港町っ!アテネからは、鉄道を使って3時間程度の距離っ!アテネからパトラまで3時間かけて移動して、そこから22時間かけてイタリアに行くんですよ!日本からイタリアに行くより時間がかかってるってのは、突っ込んじゃいけませんよ!何もかも、「マグナ・グラエキア」のためなのだよ!

 さて、私は速度がのろい大型船であれば、船は好きである(高速船は嫌い。酔うから)。だから、ギリシャからイタリアへの22時間の船旅に関しては、さほど心配はなく、むしろ楽しみである。

 アテネからパトラまでの移動も、最初は、地球の歩き方に、「鉄道で3時間」と書いてあったので、心配していなかった。私は鉄道も好きである。コトコト、コトコトと車窓を眺めながらの移動は、旅情タップリである。旅情って意味では、電車=船=徒歩>飛行機>バス>タクシーってのが、私のファイナルアンサー。

 だが、旅行情報を調べていくにつけ、「アテネ―パトラ間の鉄道は、いつ終わるともしれない改修工事に入っていて、再開未定。アテネ―パトラ間の途中にある駅でバスに乗り換えなければならない。それだと、トータルで5~6時間かかってしまうこともあるので、それよりは、アテネからパトラまで3時間の直通バスに乗るべき。ていうか、そのバスを使わないヤツは愚者」という体験談に、いくつもたどりついてしまった。

 ばっ…バスで3時間…!?これには、クヨクヨしてしまった。だってバスで3時間って、私はバス酔いに弱いし、道路が混んだらバスの所要時間って大幅に遅れることがあるし、そっ、それに、トイレに行きたくなったらどーすんのよー!?

 うう…ギリシャは鉄道が発達していないせいで、バス苦手の私にとっては、こういう難問が降りかかってくるのだ。調べてみると、パトラ行きのバスには「急行」があるらしく、それに乗れば、2時間半強くらいでパトラまでたどり着くらしい。

 …よし。ここは、ダンコたる決意で、この急行に乗るしかあるまい。普通に考えれば、3時間くらいトイレに行かないことだって普通にあるのだ。水分を控えめにとって、身体が冷えないようにして、あとはトイレのことを考えなければ、おそらく何とかなる。3時間なんて、音楽のアルバムを3枚くらい聴けば、過ぎる時間だ。てなわけで、ウォークマンを装備して、3時間の急行バスに乗ることを決意したのである。

 というわけで、ホテルの朝食では、毎日カプチーノを飲んでいたのだが、本日はスチームミルクっ!人事を尽くして天命を待つためにも、利尿作用があるものは、封印せねばならないのである(緊張しすぎ)。

 パトラ行きのバスは、アテネの観光中心地からは、結構北の方へ離れている「ターミナルA(別名キフィスウ・ターミナル)」というバス停から出発する。バスで行く方法もあるが、スーツケースもあるので、ホテルにタクシーを呼んでもらうことにした。ホテルからタクシー移動でターミナルA、そこから3時間かけてパトラ、さらに22時間かけてイタリアって…。それほど「マグナ・グラエキア」がしたいのか!?…イヤ、したいね!

 とても親切だったホテルのスタッフさんたちとお別れして、タクシーに乗り込んだ。タクシーは北進し、今回観光できなかった、アテネ北部の街並みを車窓から見ることができた。

アテネ
 カーブを描いた階段と、古代ギリシャ風の柱が美しい、国立図書館が窓から見えたので、写真をパチリ。

 タクシー運転手さんは、片言の英語で、ターミナルAからどこへ行くのかと聞いてきた。パトラ、と答えると、「パトラ行きのバスは一人19ユーロ。このままタクシーで行けば、190ユーロで行くよ」と、何度も言ってきた。パトラまで乗せていきたいんだろうなあ。こちとらダンコたる決意で、長距離バスに乗る覚悟が決まっているため、パトラまで行くのは(もちろんだが)断った。てか、アテネからパトラまでタクシーで行く人っているのかなあ。ちなみに、アクロポリス近くのホテルから、ターミナルAまでのタクシー代は、12ユーロくらいであった。

アテネ
 こちらが、ターミナルAの切符売り場。ギリシャ文字で「ΠΑΤΡΑ」と書いてあるのが、パトラ行きの切符売り場である。入口から、左前方にある。

 切符売り場を出て、バスやタクシーなどが通る通路を一本挟んだ先に、バス乗り場はある。待合椅子などは、切符売り場の方にしかないので、バスの出発まで時間がある場合は、切符売り場の方で待機した方がよい。

 バスの出発時刻が近づいてきたので、我々は皆、トイレを済ませておくことにした。トイレは、バス乗り場の近くの方にあった。のだが…コレガマタ、酷いトイレであった。3時間の長距離バスで、しばらくトイレにはお会いできないのだが、その束の間のお別れをするために入ったトイレなのに、何だか幸先の悪いトイレであった。もちろん紙なんかないよーッ!

 でも、コインを払えば(マジな話、セント銭でもOK)、入口に待機している掃除のおばさんが、トイレットペーパーをくれた。ていうか、掃除のおばさん。いるなら、ちゃんと掃除しようよ…。おばさん、仕事しろって感じだよ。もしかしたら、おばさんの仕事は、掃除じゃなくて、トイレットペーパーを有料渡しすることなのかもしれないけど、それだったら、おばさんを雇うお金を、トイレットペーパーを常備するお金に回せばいいと思うのだよ。
 
 で、ダンコ、バスに乗るよっ!

アテネ
 こちらが、パトラ行きのバス。急行なので、「EXPRESS」と書いてある。荷物は、バスの下の荷物入れに入れる。

 出発寸前になって、イタリア人女性が、切符をまだ購入していないことが車内で判明したらしく、「今から切符を買ってくるから、待ってて!」と言って、慌ただしく切符売り場に走って行った。…が、ギリシャ語も英語も話せないっぽいその女性は、切符売り場がわからなかったらしく、結局、バスのスタッフさんが購入しに行ってくれていた。何だか、イタリアに辿り着く前から、イタリアのかほりがしてきたなあ。

 このイタリア人女性を待ったため、バスは5分ほど遅れて出発した。バイバイ、アテネ!憧れのアテネ!また、ぜひ戻ってこれることを願っているよ!

 ちなみに、もしかしたらバスにはトイレがついているのではないか?という、私の淡すぎる期待は、もちろん外れて、バス内にトイレなどなかった。日本の長距離バスには、だいたいトイレがついているのになあ。日本のトイレ事情は、最先端すぎるのだろうか。車内はクーラーが効いていてやや寒く感じ、冷えはトイレの敵なので、通風孔をひっくり返したら、冷風を止めることができた。備えあれば憂いナシ!

 音楽を聴きながら、ボーっと車窓を見ていると、わりとバスはサクサク進むし、思っていた以上に時間は速く過ぎた。こういう時はやはり、音楽を聴くのが一番よいね。

アテネ―パトラ
 車窓からは、青い地中海、オレンジ色の屋根が多い町、黄色い菜の花の、この色彩の組み合わせが、長い間見えていた。途中、羊の群れがいたのだが、黒いマントのような服を着て、魔法使いのステッキのようなものを手にした、羊飼いのおじいさんがいて、ビックリした。昔からの羊飼いのスタイルなのだろうか。一瞬だったので、写真が撮れなかったが、実に印象的であった。

 アテネから、ペロポネソス半島に行く道中の、最大のイベントは、コリントス運河の通過である。

 ペロポネソス半島は、アテネのあるアッティカ地方と、本当に首の皮一枚って感じでつながっている(た)半島である。古代にアテネのライバルであったスパルタや、オリンピック発祥の地オリンピアなどが、このペロポネソス半島にある。

 で、この半島とアッティカ地方の接続部分は、距離にしてわずか5キロくらいらしいのだが、船での移動が主流だった時代に、「むしろ、この接続部分ジャマ。切り取ってしまえば、船でそこを通過できるから楽じゃね?」ということで、何と、ペロポネソス半島は切り取られて、コリントス運河が完成した。それは19世紀のことじゃった。

10451691_m.jpg
 超カンタンな地図で描くとこんな感じ。

 だが、車や鉄道が発達すると、「やっぱり、陸の方もつながなきゃダメじゃね?」てことで、切り離されたアッティカ地方とペロポネソス半島の間…つまりコリントス運河には、鉄道橋と、車用の橋が架けられた。切り離した後に、また結ぶんかい!とツッコみたくなるが、私は、こういうムダって結構好きだ。何だかわびさびって感じがする(わびさびをちっとも理解していない言葉の使い方だな…)。

 つまり、アテネ方面から、ペロポネソス半島に行くには、今や、必ず通過しなければならないのが、コリントス運河っ!何てったって幅は23メートル(!)しかないので、バスで通ったらあっという間で、100メートルの世界王者とかが走ったら、わずか2秒くらいで通過してしまう距離である。道路標識に「コリントス」という文字が増えてきたあたりから、我々は気もそぞろにコリントス運河を待ち構えた。
 
 バスがアテネを出発してから、約1時間後くらい、バスは、左と右にきらめく青い筋が走っている橋を通過した!おおっ!今のがコリントス運河っ!文字通り一瞬の出来事で、姉はカメラを構えてくれたのだが、さすがに撮れなかった。しかし、一瞬ではあったが、青い光の筋は、なかなか美しかった。ちなみに、バスの乗客で、コリントス運河に色めき立っているのは、我々3人だけであった。みんなクールすぎる。

 というわけで、唯一にして一瞬のバスのイベントも終わり、あとはひたすらパトラまでひた走るだけである。パトラに近づくにつれ、雨が降ってきた。この天気では、残念ながら船から夕陽は見えないかもなー。

 そして、ダンコたる決意で乗った、この長距離バスだが、結構あっけなくパトラにたどりついた。予定通り、2時間半強の所要時間であった。人間、腹をくくれば何とかなるものなのである。あー、この旅行で、一番気がかりだった、アテネ―パトラ間の長距離バスをクリアしたぞ!

 パトラでは、雨がパラパラと振っていた。とりあえず、ちょうどお昼過ぎの時間だったので、お昼ご飯を食べることにした。雨が降っているので、あまりウロウロしたくはなかったので、母と私は屋根のある場所で荷物番をし、姉がどこか食事ができる場所を探しに行ってくれた。とりあえず、地球の歩き方には、「ミスター・バーガー」という、アメリカンあまりにアメリカンって名前のバーガー屋さんが、掲載されていて、それが結構バスターミナルから近そうだったので、そこでも良いかなと思ったのだが…。

 一回りして帰ってきた姉は言った。「ミスター・バーガーはやめよう。何か違った。ていうか、オシャレなカフェとか、こ洒落たレストランとか、どこにもないから!通りを渡った先に、ファミレスみたいな大きなお店があって、スーツケースでも入りやすそうだから、そこに入るしかないかも」。パ、パトラ…。ギリシャ第三の都市、パトラ…。どうでもいいが、パトラって、何か深刻系戦闘マンガの美女って感じの名前だな…(それがどうしたよ)。

 というわけで、その、ファミレスっぽいお店に入るしかなかった我々。お店の名前は「CAFE ΣΤΑΘΜΟΣ」。Σが入るだけで、微分積分って感じのお店になるなあ。ちなみに、おそらく「カフェ・スタスモス」と読むと思われる。

 中は、本当にファミレスって感じで、チェーン店という雰囲気だった。メニューを見ると、ハンバーガーとか、ハンバーガーセットとか、アメリカンクラブハウスサンドとかしかない。アメリカンあまりにアメリカン。ああ…西欧文化の曙たる地ギリシャで、西欧文化の(現在では)最終進化系・アメリカ文化を味わう無粋さよ…。広い店内なのに、お客さんはほとんどいないし。私は母と姉に問うた。「このお店がおいしい確率は何パーセントだと思う?」。母「3%」。姉「0%」。…私「じゃ、私は2%で…」。

パトラ
 こちらが、ハンバーガーセット。6.8ユーロ。

パトラ
 こちらがクラブハウスサンドセット。6.9ユーロ。
  
 ちなみに、お客さんはほとんどいないのに、料理が出てくるのは非常に遅かった。ファーストフードなのに、何でこんなに時間がかかるのかねーなどと思いながら食べてみると…。「…あのさ、結構美味しくない?」。

 そう!美味しかったのである!どうやら、ハンバーガーと言っても、日本のファーストフードチェーン店のように作り置きしているわけではなく、注文してから作っているみたいで、パン生地も焼き立てパリパリで美味しいっ!何より、ポテトが、ハーブソルトみたいなものがかかっていて、脂っこすぎなくてサッパリ食べられる!いやー、これは嬉しい誤算だね!ギリシャでは、よくハンバーガーを食べるってのは聞いていたけど、日本のファーストフード店のハンバーガーとは、ちと違うのだね!勉強になったね!

パトラ
 このお店には、トイレの近くにインコ君がいた。客寄せインコ。母と私には愛想がよかったインコ君だが、なぜか姉が近づくと、「クワッ!クケケケー!」と怒っていた。インコと相性の悪い私の姉。

 ちなみに、このお店のHPはこちら→Cafe Stathmos(英語版)。パトラは情報も少ないので、バスターミナル付近での食事処を探している方には、おすすめ。外観はファミレスだけどね!大事なのは中身だよ中身!我々がお店を出る時は、ウェイターさんが、心臓に手を当てて見送ってくれた。ハートだよハート!

 では、ゆっくり港に移動しようかね。

 で、港ってどう行けばよいんだろうよね。

 地球の歩き方には、バスターミナルの北の方に、「イタリア行きフェリー乗り場」なる場所が書いてあるのだが、インターネットで調べてみると、港は南の方に移動したと言う情報もあった。そこで、バスターミナル近くに、本日利用する船「ANEK社(SUPERFAST社との共同運航便)」の店舗があったので、そこに入って、船をインターネット予約した控えの紙を見せて、港への行き方を聞いてみた。

 すると、やはりイタリア行の船は、新しくできたニューポートからの出航で、ここからは4キロほど港は離れているらしい。バス(番号は18番)もあるらしいのだが、国際線のチェックインである、出航2時間前というのが迫ってきていたので、タクシーを使うことにした。3人いるとタクシーって乗りやすいね。2人だとどうしてもケチりたくなるのだよね。

 タクシーは、さっきお昼ご飯を食べた「CAFE ΣΤΑΘΜΟΣ」のすぐ前から乗ることができた。アテネのタクシーが黄色なのに対し、パトラのタクシーは赤茶色で統一されていた。所要時間は15分で、7ユーロ。この「CAFE ΣΤΑΘΜΟΣ」はバスターミナルのすぐ近くなので、バスターミナルから乗る場合も同じくらいだと思われる。

 タクシーは、ニューポートの中をぐるぐると走り、ニューポートの建物の目の前まで連れて行ってくれる。

パトラ
 これがニューポートだよーっ!

 よし。これで、アテネから、パトラの港までたどりつくというミッションは遂行したぞっ!鉄道が通ってなかったり、何かとバス乗り場までの移動が不便だったりするのがギリシャである。結構、このパトラの港に予定通りに辿り着けなかったという失敗談もちらほら目にするので、パトラ港に、遠方から行く予定の方は、早め早めに移動することをオススメしたい。

 では、この後の「船に乗る編」は、次回ということで♪

3/5パトラからアンコーナへ移動 「マグナ・グラエキア」の夜へ続く

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3/4スニオン岬 ポセイドン神殿で小宇宙を燃やせ!

<今回のギリシャ&イタリア旅行記メニュー>
●スニオン岬

 ギリシャでは、晴れたり雨が降ったりと、天気は一進一退という感じであった。本日も、天気予報はあまり芳しくなかった。しかし、窓の外を見てみると、予想外の青空が広がっていた。

 姉と私は、今回、晴れたら、アテネから日帰り遠足したい場所があった。それは、スニオン岬である。岬の先端に、海に向かって、ポセイドン神殿がぽつんと残っている岬である。どうして行ってみたいかって、そりゃあ、スニオン岬が観光名所だからですよ!

 …イヤ、正直に言いましょう。スニオン岬は、姉と私が小さい頃にお熱を上げていた「聖闘士星矢」という、ギリシャ神話をモチーフにした漫画に、結構な重要な場所として登場してくるのである。簡単に言えば、聖闘士星矢の味方側はアテナを中心とした軍団で、物語の中でポセイドン軍団と戦うのだが、スニオン岬は、その戦いが始まるきっかけになった場所なのである。

 というか、聖闘士星矢を見ている時は、スニオン岬が実在する場所とは知らなかった。今回、ギリシャ行きを決めて、ガイドブックを見てみると、「うおっ!スニオン岬って実在してるし!しかも、アテネから日帰りで行けそうな場所にあるし!」。ホラ、子供の頃に、アニメとかで見た風景って、やっぱり憧憬として心に刻み込まれてしまうわけですよ!というわけで、天気予報外れの青空を見て、「晴れているうちにスニオン岬に行ってしまおうぜっ!」ということになった。

 その前に、スニオン岬へ行くバス停の場所や、明日、パトラまで移動するバスの乗り場などを確認するために、朝一番で姉と私は飛び出して、新アクロポリス美術館近くの、「ギリシャ政府観光局」という、大層な名前のインフォメーションに行った。ちなみに、「ギリシャ政府観光局」は、姉が、日本でギリシャ情報を探している時に、ちょっと確認したいことがあって四苦八苦して英語でメールを送ったが、ついぞ返信のなかった組織である。

 朝も早くから「ギリシャ政府観光局」は開いていて、ノリのよい親切なおじさんが応対してくれた。「ギリシャ政府観光局」のスタッフというよりは、そこらへんの気の良いおじさんという感じのおじさんであった。地図も山ほどくれたし、明日でギリシャを発つ我々に、堅い日本語で書かれた、しっかりした装丁のギリシャガイドブックもくれた(いらないとは言えない…)。

 しかし、このおじさん、なかなか頼れるおじさんで、バスの時刻表や、バス乗り場など、我々に必要な情報を、しっかりマーカーでマークしながら教えてくれた。なるほどー。さすが「ギリシャ政府観光局」。メールは返信しないけど、頼りになる「ギリシャ政府観光局」。

 姉が調べていた情報通り、スニオン岬へ行くバスは、国立考古学博物館の近くから発車するが、わざわざその始発駅まで行かなくても、アテネの中心街にも何か所が停車するらしく、我々は地球の歩き方にも記載がある、フィレリノン通りにあるバス停から乗車することにした。

 バスは朝の6時半から夕方4時半までの間に、2時間おきに始発から出発する。フィレリノン通りにバスが到着するのは、だいたい、始発から5~10分後とのことで、一本逃してしまうと、次は2時間後なので、10時半に始発の停留所を出るバスを捕まえるために、我々は、やや走った。

 走ってバス停に辿り着くと、明らかに観光客という出で立ちの人々が、何人かバス待ちをしていたので、どうやら間に合ったらしい。ていうか、走らなくてもよかったくらいの時間に、どうせバスは来るんだろうよね。

アテネ
 バス停は、アマリアス大通りから、一本西の方に入った、フィレリノン通りに、見逃してしまいそうに、ひそやかに存在している。

アテネ
 右下の方に、英語で「TO SOUNIO」と書いてあるのが、「スニオン岬行き」の証拠っ!その左側は、ギリシャ語で「スニオン岬行き」と書いてある。ギリシャは、何もかも、ギリシャ語と英語の併記が多く、ありがたい。

 で、バス停は無事に見つけられたのだが、バスは無事に来るだろうか。時刻表に載っているバスは、必ずやって来るというのが、世界共通の真理でないことは、我々はイタリア旅行にて既に悟り済みなのである。

アテネ
 待つこと10分にして、バス、来たーーー!

 この停留所に停まるスニオン岬行きのバスは、海岸線を通って、スニオン岬まで行くバスだそうだ。他に内陸を通って、スニオン岬まで行くバスも、国立考古学博物館近くの始発駅からは出ているらしい。

 ギリシャは、あまり鉄道が発達していない。スニオン岬までは、バスで約2時間である。あまりバス移動が好きでない私にとっては(バス酔いとか、不安オブトイレ)、ちょっとストレスになる時間である。そのため、今回の旅行では、史上初めて、旅行にウォークマンを帯同して来た。音楽を聴きながら、窓の外の海を眺めていると、意外と2時間はあっさりと過ぎた。

アテネ
 バスの窓からは、ずーっと青くきらめく海が見える。地中海の青色って、どうしてこんなに青いのだろうか。限りなく青に近い青って感じだ(日本語おかしい)。

スニオン岬
 姉がバスの中から、「スニオン岬見えてきたー!」と撮影した写真。ポセイドン神殿の柱が、遠目では弦楽器の弦みたいに見えた。

 バスは、ポセイドン神殿のすぐ近くに到着し、バス停の近くには、観光客向けの、食事やトイレを提供している建物があった。それ以外に、お店などは近くになく、スニオン岬は、世の中の岬というものがそうであるように、人々の日常生活からはぽつんと離れている。

 「岬」と言えば、中沢新一のアースダイバーという本を思い出す。今より海面が高かった時代の地図を見ながら、現在の東京が、なぜこのような町になったのか、民俗学的な観点から考察する非常に面白い本だった。その中に、現在、東京で神社などが作られている霊的な場所は、昔、海岸線が、もっと内側だった時代には、「岬」だった場所が多い、などという記述があった(うろ覚え)。

 神社って、階段を上った先の高台にあることが多いが、実はそれって、昔は陸地の先っぽ(すぐ先は海)で、どうも人間は、陸と海の境目にあたる場所に、神聖さを感じ、信仰の対象となるものを祀っていたのだという。だからこそ「岬=みさき」は「聖なる先っぽ」…つまり、「御先(みさき)」という言葉を語源とするのだとか。

 そんなことを考えると、ここスニオン岬に、ポセイドン神殿が建てられたことも、何だかつながってくるような気がする。岬は、海=異界と、陸=こちら側の世界の境目。そこに海神ポセイドンを祀ることで、異界のエネルギー…時に人間に恐怖を与える海の破壊力を、鎮めようとしたのかもしれない。
 
 さて、スニオン岬のポセイドン神殿を近くで見るためには、入場料が取られる。一人4ユーロ。休憩所やトイレは、切符売り場の外にあるので、切符を購入した後に自由に出入りできるか尋ねたら、OKだと言われた。ただ、かなり人が少ない冬場だったため出入り自由にしている可能性はありそうだった。

 さあっ!それでは、ポセイドン神殿にご対面するよっ!

スニオン岬
 おうっ!オトコマエっ!

スニオン岬
 おー。何だか、ポセイドンが出てきそうな雰囲気だね!私は鹿児島出身なのだが、鹿児島では、古い言い方で、男の人を「〇〇どん」とか言ったりする(例:西郷どん)。そのせいで、妙にポセイドンは、ポセイどんって感じで親しみがある(何のこっちゃ)。今にもヒゲをはやした大柄な親しみやすい…あっ、これではポセイドンのイメージがあんまりだね…プラス威厳のあるおじさんが、出てきそうだ。

スニオン岬
 ちょっと遠くから見てみた。
 
 ほぼ貸し切りに近いスニオン岬であったが、ギリシャ人の修学旅行生たちがバババっと入ってきた。中学生くらいで、好奇心旺盛なお年頃らしく、我々を見て、「コンニチワ!」「コンニチワ!」と連発してきた。よく東洋人の中でも、日本人ってわかるよなー。私は、日本で西洋系の外国人を見ても、アングロサクソン系とか、ラテン系とかの大ざっぱな区別はついても、どこの国の人かなんて、なかなかわからないものだが。

 元気でかわいい中学生たちだったが、そのまま近くにいると、永遠に「コンニチワ」を言い続けなければならないくらいの、「コンニチハ」連続攻撃だったので、いったん休憩所のところまで戻って、アテネから買ってきたサンドイッチを食べることにした。

スニオン岬
 休憩所の近くに敷物を敷いて(用意が良すぎ)、こうやって、海とスニオン岬とポセイドン神殿を一緒に眺めながら、サンドイッチを食べた。ポセイドン神殿は、近くで見てもカッコイイのだが、こうやって、海と一緒に見えるのが、ここスニオン岬の醍醐味かもしれないなと思った。何せ海神ポセインドン、雰囲気が出るというものだ。

 切符売り場でもらった、英語パンフレットを見てみると、もともとは、すぐ近くの陸寄りの方に、アテナ神殿もあったらしい。今では、何となく神殿があったのかな~という程度に、遺構が残っている。

スニオン岬
 ちょっと遠そうだったので、近くまでは行かなかったが、遠目から見た、アテナ神殿跡。ギリシャ神話では、アテナとポセイドンは、このアッティカ地方一帯の支配を巡って争った(アテナが勝った)。このスニオン岬のポセイドン神殿の近くに、アテナ神殿がもともとあったのは、この神話と何か関係があるのだろうか…などといろいろ妄想してしまう。

スニオン岬
 あー、それにしても、いい天気。休憩所から見て、ポセイドン神殿とは反対側の海の色が、異様に青かった。地中海ブルーって、まさにこの青色のことなのだろう。黄色い花も咲いていて、非常に気持ちのよい風景である。だが、花のある所に蜂有り。結構大きめの蜂がぶんぶん飛んでいて怖かった。

 お腹もいっぱいになったところで、もう一度ポセイドン神殿の近くまで行ってみた。

スニオン岬

 今度は、修学旅行生もいなくて、我々の貸し切り状態であった。…ということは、小宇宙(コスモ)を燃やすチャンスである。ダダダダ―ダダ、ダダダダ―ダダ、セイントセイヤーッ!(←アニメ聖闘士星矢のオープニングのイントロ)

 というわけで、大声で、聖闘士星矢のオープニングテーマを歌い(サビの部分は母も歌える。我々が小学生の頃、毎週見てたからね)、ペガサス流星拳(主人公の必殺技)とか、かましてきた。はっきり言って、おバカすぎる観光客である。しかも、聖闘士星矢において、ポセイドンは悪役なので、ポセイドン神殿前で、めっちゃ失礼である。

スニオン岬
 この鳥さんは、スニオン岬に、たくさんいた鳥さんである。何の鳥かは不明。スニオン何とか、とかいう名前じゃね?(超テキトー)

アテネ
 「変なアニメソング歌ってる日本人観光客ウゼー。4ユーロでめっちゃ長居しやがって、いつまでいる気だよ…(ブツブツ)」

 スニオン岬は、夕陽が有名なのだが、アテネまでは2時間もかかるので、日没まで居ると遅くなるし、今日は、夜にかけて天気が悪くなるとの予報だったので、日没まで待たずに帰ることにした。実際、この後曇ってきて、夜はザーザーと雨まで降ってきたので、夕陽を諦めたのは大正解であった。

 バス停まで行くと、アテネ行きのバスは待機していた。一応運転手さんに、英語で「アテネ行きですよね?」と英語で尋ねると、「ムシオン、ムシオン!」と繰り返し言われた。ムシオン…?一瞬、アテネ行きじゃないの?と思ったが、私の回転の遅い脳みそが、ゆっくりと、「ムシオンって、確かギリシャ語でミュージアムの意味じゃね?」と辿り着いた。おそらく、国立考古学博物館の近くが終点だと言いたいのでは…?

 運転手さんはあまり英語が話せないらしく、既にバスに乗っていた欧州系の観光客の女性が、身を乗り出して英語で助け舟を出してくれた。「このバスはアテネまで行くわよ。でも、海岸沿いではなく、陸側の違うルートを通るらしいの。海岸経由のバスは、さっき、目の前で行っちゃたのよ。止まってくれって追いかけたのに、止まってくれなかったの!それで、仕方なく私たちもこのバスで帰るのよ!」と、最後は、憤っていた。

 地球の歩き方の情報では、陸路ルートの方が時間がかからないとあったので、まあ、海の方が楽しいけど、帰りは違う道を通って帰るのもいいや、と、この陸路ルートのバスに乗って帰ることにした。ダガ、陸路の方が時間がかからないという情報は、立派なガセネタであった。

スニオン岬
 こういう、どこだかわからない港で、20分近く停車するし。

 次々に人が乗り降りするため、しょっちゅう停車するし(それだけ地元の人達が使っているバスだということなのだろうが)。

 挙句の果てには、わけのわからない所で停車したかと思ったら、「チェンジ、チェンジ!」などという声がバス内に飛び交った。何だろ?とボーっと見ていると、近くに座っていた中東系っぽいお兄さんが、「みんな乗り換えなきゃいけないんだよ」と教えてくれた。いやー、ありがたかった。わけのわからない田舎の真ん中に取り残されるところだったよ。乗り換えが必要だなんて、聞いてないから!

 そんなこんなで、行きは2時間弱しかかからなかったスニオン―アテネ間が、帰りは3時間近くもかかってしまった。やれやれ。次の、海ルートのバスを待った方が、早かったかもしれんぜよ。何せ、陸ルートは、北側からアテネに近づき、国立考古学博物館が終点となり、シンタグマ広場とか、アテネの中心部までは行かないのだ。陸ルートは、見知らぬ町とかを見たりして、楽しいバスの旅になるかもしれないなどと、淡い期待もあったりしたのだが、車窓風景も、結構フツーだったので、海ルートに限るよ、海ルートに!

 アテネに帰ってきてから、天気予報通りにザーッと雨が降ってきた。アテネ最後の夜は、ホテルの近くの「ダミゴス」というギリシャ料理レストランのお店に入った。

スニオン岬
 こちらがダミゴス。お店は地下にあり、女性のシェフさんがお料理を作っているのが、ガラス越しに見えた。

アテネ
 ムサカも食べ納め。ギリシャ料理は、なかなか気に入った。ここダミゴスは、優しい味付けで、あまり濃くもなく、美味しかった。有名店であるが、おすすめである。

アテネ
 ギリシャ最後の夜だから…と、ギリシャのお酒「ウゾ」を飲んでみた。「ウゾ」って感じだった。ものすごくアルコールが強かった。ギリシャ記念に飲んでみるのもよいのではないだろうか。ちなみに、ギリシャ記念でなければ、私はもう飲むことはないのではないかと思われる(ウゾの名誉のために言っておくと、私はもともとお酒はあんまり好きじゃないよ!)

 そんなわけで、ギリシャ観光は、スニオン岬で〆となった。たった1週間程度のギリシャだったので、まだ入門編ってところだが、やはりギリシャ神話好きな私にとっては、原点にやってきたんだなあ…!と感慨深い旅であった。今回はあくまでオリエンテーションって感じで、デルフォイとかメテオラとかデロス島とかヒオス島とか、まだまだ行ってみたい場所が満載だ。

 で、明日は、船に乗って、ギリシャからイタリアへと移動する。看板に偽りありで、ずーっとギリシャ旅行記ブログとなっていた当ブログだが、次からベクトルがイタリアへと向くことになるよーっ!イタリア旅行記をお待ちだった方(待ってる人なぞいるのか!?)、お待たせいたしました…と言いたいところなのだが、何せ船での移動ですからね、まだまだイタリアは遠いですよ、フフフ…(何の笑みだよ…)。

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3/3アテネ11 思わず兵隊さん

<今回のギリシャ&イタリア旅行記メニュー>
●国立考古学博物館オマケ
●兵隊さん

 さて。ここまで、長々とご紹介してきた、アテネ・国立考古学博物館。閉館時間も近づいてきたので、もう帰ろうかとした時に、姉が「『フルートを吹く人物像』を、そう言えば見てないね」と言い出した。地球の歩き方にも紹介されている、宇宙人みたいなかわいい像である。

 もう閉館まで、あんまり時間もなく、係員さんに聞いてみた。すると、「その像がある部屋は、今日は閉まっているけど、遠目であれば、その像は見れますよ」と言って、あの黄金のマスクがあった部屋の、右手に見えている、ロープが張ってあって中に入れない部屋を指さした。

 近づいて見ると、いたー!

アテネ 国立考古学博物館
 右側が、地球の歩き方に載っているもの。左側は、それと似た、座ったバージョン。かわいいーーー!

 エーゲ海の中でも、観光に人気の島々が集まる、キクラデス諸島から出土したものらしく、フルートのような楽器を演奏している。紀元前2500年前後のものだと推定されているらしいが、音楽の歴史って古いのねー。

 おもしろいのは、この像が「宇宙人みたい」だなんて言われること。…ほとんどの人は宇宙人って見たことないと思うんだけど、何で、こういう、人間の形に似ているけど、どこか違ってユーモラスって感じのフォルムが、宇宙人っぽいと思われるのだろうか。

 我々が、ロープ越しにこの像を見た後、立ち去ろうとすると、イタリア人(イタリア語で独り言を言っていたのでわかった)のおばあさんが、この像が載ったページを開いたガイドブックを持ちながら、明らかにこの像を探してウロウロしていたので、イタリア語で「もし、この像をお探しなら、ここから見えますよ」と教えてあげた。

 おばあさんは、大喜びして、連れのおじいさんも呼んで、私に「グラーツィエ(イタリア語で『ありがとう』)」と言ったため、「プレーゴ(イタリア語で『どういたしまして』)」と答えると、ここで初めて私が東洋人であるのに、彼女の母国語のイタリア語で話していたことにハッと気づいたらしく、驚いたように、「メルシィ…!」と言い直した。…メルシーってフランス語だよね?なぜわざわざ言い直した…?私がフランス人に見えたのか?いや、それはあり得ぬ。(ちなみに私のイタリア語は、アンタ5回もイタリアに行っててそのレヴェル?ってレヴェルだよ)

アテネ 国立考古学博物館
 フルートを吹く宇宙人もどきの近くに展示されていた、小さな発掘品。フルートの後に見ると、これはヴァイオリン?と思ってしまう。確かにこれはヴァイオリン型石偶とか呼ばれるらしいが、実はヴァイオリンではなく、胸のふくらみ、しぼられたウェスト、などから女性を表したものなのだそうだ。うーん、言われないと、女性には見えないなあ。

 古代ギリシャでは、ギリシャ神話が普及する前は、地母神みたいな女神が信仰されていたらしいが、その一端と言えるのだろうか。そういう土地と密着してしていた、原始の女神様たちが、ギリシャ神話の女神たちに変化していったと言われている。

 ゆっくりゆっくり楽しんだ国立考古学博物館だったが、閉館時間となり、出なければならない時間となった。外に出ると、雨は小降りになっていた。

 雨は小降りとはいえ、帰りも、悪名を観光客に轟かせているオモニア広場をスキップするために、地下鉄でモナスティラキ駅まで戻ることにした。歩いて10分くらいの距離を、地下鉄に乗る、リッチな我々!と言いたいところだが、リッチなわけではなく、単に憶病なだけである。

 モナスティラキ駅に着くと、母が、「この近くに、すっごいケーキが美味しそうなカフェがあったよねえ」と言う。うん。このあたりを通ったときに、テラス席で皆さんが食べていらっしゃるケーキが、美味しそうに見えて、三人で、じーっと見てしまったカフェがあったね。博物館を歩き回った後だしね。休憩するにはちょうどいいね。おあつらえだね。

CIMG5885_convert_20140704014038.jpg
 エムルー通りの突き当りにある、カプニカレア教会のすぐ南側にある、「COOKIE LAND」という名前のカフェである。

 前に、このカフェの前を通ったときは、テラス席がほぼ埋まっていたが、この日は雨が降っているためなのか、そもそもアテネの市街地そのものの人出が驚くほど少なく、ほとんど貸し切りのような状態であった。優しそうなお兄さんと言う感じのウェイターさんが出てきて、我々はコーヒーとケーキを注文した。

アテネ
 手前のホイップクリームたっぷりのケーキが、前、このカフェの前を通った際、他のお客さんが食べているのを見て、母と姉が、「アレが食べたいっ!」と言い放ったケーキである。奥の緑色のケーキは、ピスタチオペーストであった。
 
 ギリシャの伝統的な甘いお菓子は、どうも甘すぎたり、口触りがイマイチだったりで、我々の舌に合わなかったのだが、このお店で食べた、日本のケーキ屋さんと、ほぼ同じようなフランス系のケーキは、非常に美味しかった。ギリシャ人も、伝統的なあの甘ーいお菓子ばかりを食べているわけではないのね。

 ケーキを食べているうちに、雨はかなり激しくなってきて、我々は、このお店での長時間の雨宿りを余儀なくされた。「COOKIE LAND」というお店の名前のためか(?)、オーダーしていないクッキーのサービスも出てきて、他にお客さんもほとんどいなく、ゆっくり雨が上がるのを待つことができた。

アテネ
 …とは言っても、他にやることもなく、ぼーっと、目の前のカプニカレア教会を眺めるだけだよ。

 ぼーっと教会を眺めていると、ひげむじゃらのおじさんが入ってきて、我々に向かって、英語で何やら話しかけてきたが、ギリシャ語なまりっぽかったから(私の英語力がダサイから)、聞き取ることができなかった上に、よろしくない人っていう雰囲気を醸し出していたおじさんだったので、「ノーノーノー」と何度も返すと、諦めて出ていった。

 雨はなかなか止まなかったので、完全に止むまで待つのは諦めて、小降りになったところでカフェを出た。お会計は、ケーキ2つに、コーヒー3つで15ユーロ弱。「COOKIE CAFE」は、日本のカフェに比べると安いし、味もなかなか良いし、立地も良いし、なかなかおすすめできるカフェであった。

 さて。何気にアテネで苦労したのは、スーパーマーケットが少ない事であった。まだまだ我々がアテネ素人だから、無知なだけかもしれないのだが、品揃えがしっかりとしている中心部の大型スーパーは、国会議事堂の先の方にある、「カルフール・マリノプロス」というお店しか見つけられなかった。この日も、このスーパーに立ち寄ってから、ホテルに帰った。

 スーパーから出て歩いていると、目の前を、奇妙な3人組が歩いているよっ!

アテネ
 こっ、これは…アテネ名物の、「無名戦士の墓」を守る兵隊さんでわっ?姉に「ねえ、兵隊さん…」と言うと、「ウン、間違いないよ!彼らは、間違いなく無名戦士の墓に向かって歩いている!」。
 
 この兵隊さんに関しては、我々は「まあ、見れればいいや」くらいの気持ちだったのだが、イキナリ心の準備もなく目の前を歩かれては、ガゼン兵隊さんたちに対する興味が沸いてきた。我々は、怪しまれない程度の距離感を保ちながら、兵隊さんたちを尾行した。

アテネ
 歩道の真ん中の、白線が引かれた間の部分を、兵隊さんは歩く決まりになっているのだろうか。ちなみに、左側にいる、カーキ色の服を着ている人は、たぶん護衛というか誘導している軍人さん。

アテネ
 縦一列になったり、横一列になったり、ただ歩くだけでも、いろんな決まり事があるのである。

アテネ
 国会議事堂前まで来ると、既に、兵隊さんたち目当ての観光客が集まっていたので、ちょっと便乗して、近づいて撮影してみた。とにかく衣装がかわいい。こんな恰好が戦闘に向いているはずもないので、むしろこの、伝統的な衣装は、儀式的な意味で身に着けている、というところだろう。

アテネ
 特に靴のボンボンがかわいらしいっ!

アテネ
 国会議事堂前では、白いタイルの上を歩くように決まっているらしい。…しかし、雨で濡れたタイルの上を、ボンボンのついた靴で歩くのは、なかなか難しいらしく、最後尾の兵隊さんは、うっかりツルッと足を滑らせてしまった…!一瞬、いたたまれないことが起きるのではないかと、心がドキッとしたが、兵隊さんは、かろうじて持ちこたえ、足が滑っただけでコトは済んだ。ヨカッタヨカッタ…。

アテネ
 今までずっと壁の前に立っていた兵隊さんと、交代。ちょうど交代の時間帯に、我々は出くわしたのね。

アテネ
 でもね、3人で隊列を作ってやってきたけど、交代要員として必要なのは2人なのよ。どうして3人で来るのかねー。しかも、何で交代に来るのに、わざわざ一列で行進しなきゃいけないのかわからないし、そもそも無名戦士の墓を守ると言っても、直立不動しなきゃいけない理由がわからない。その旨を姉に言うと、「あんたは形式美ってものに興味がないんだよ」と言われた。確かにそうかも。

アテネ
 兵隊さんは、こうやって、決められたポジションで、ただただ立ち続ける。アテネの観光名物でもあり、観光客は一緒に記念撮影する人も多い。ちなみに、一緒に写真を撮る場合は、一人ずつ、兵隊さんからやや離れた真横側に立って、撮影することが許可されていた。複数人数で横に並ぼうとすると、近くにいる軍人さんに、一人ずつで撮影するように注意されていた。

 兵隊さんは左右二人で立ち続けて、1時間ごとに交代するらしいが、一度、軍の車で交代要員がやってきて、片方の兵隊さんだけが交代しているのを目撃した。おそらく、具合が悪くなって、臨時で交代していたのだろう。ただただ直立不動するというのは、きっとすごくしんどいのだろうな。やはり我々は「動物」、つまり本性は動く生き物、であるのだ。

アテネ
 兵隊さんを見届けた頃には、雨はすっかり上がり、赤々とした夕陽の空になっていた。

アテネ
 夕日に照らされたアマリアス大通り。アテネの観光も明日までだ。明日、もし晴れたら、スニオン岬まで行くよ!

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貧乏なくせに、イタリア旅行というお金のかかる趣味を持ってしまった、「イタリア旅行貧乏」です。旅行は楽し♪びんぼーも楽し♪がモットーです!
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